だが、それに対して検索窓はただの機械の入り口。その向こうに誰が待機しているわけでもない。直接、人間のレスが返ってくることは期待できない。なのに「死にたい」と打ちこむ心境はどんなものなのか。

 聞いてほしい、でも、聞いてほしくない。自分なんかの気持ちを聞かせて、他人の気分を害したくない。呆れられたくないし、それより同情されたくない。無視はもっと嫌だ。一人でいたい。でも、これ以上、一人ぼっちでいられない。

 おそらく彼や彼女が直面しているのは、何を考えても堂々巡りになってしまい、前向きになろうと思ってもその気持ちを駆動させるだけの自己肯定感が見当たらない辛さだ。その辛さに耐えきれなくなって、なんら返ってくるものがないと分かっていながら、検索窓に「死にたい」と打ちこむ。イメージすると、かなりギリギリな心境が見えてこないだろうか。発作的、衝動的で、自己破壊寸前の危うさを感じないだろうか(「首つり」検索は具体的な自殺方法の調査や確認なのだから、より切迫している可能性が高そうだ)。

 ならば、そうしたギリギリの人が、「死にたい」「首つり」と検索した瞬間に、デカデカと「こころの健康相談統一ダイヤル」が表示されることには、多少なりとも意味があると思うのだ。意表を突くように具体的な相談先が明示されたら、発作的、衝動的な心の暴走スピードがゆるむかもしれない。自分の名前を明かさずに自殺の話ができる機関のあることを、そこで始めて知る人も実は大勢いるだろう。

 たとえなかなかつながらなくても、社会の中にそのような自分を受け入れようとする存在があると知ることはきっと無駄ではない。世の中のすべてが自分を嫌っているわけじゃない。なんとかしたいと対策を探っている人たちだっている。その事実を知るだけでも楽になる効果はあると思うのだ。

 先日、東京・永田町のあるビルで、国立の研究所内にある自殺予防総合対策センターが、今年初めてのメディアカンファレンス(マスコミ関係者向けの会議)を開催した。数年前からたまに出席させてもらっているのだが、今回のテーマは若年者の自殺対策だった。

 日本の自殺者数は、1998年からずっと年間3万人を突破していたのが、2010年頃から減り始め、2012年には15年ぶりに3万人を下回り、今も減少傾向にある。だが、自殺数が減っているのは中高年層で、若年者の場合はそうじゃない。20歳未満の自殺死亡率は横ばいで推移しており、15歳から39歳の年代層における死因の第一位は自殺。これは他の先進国にはあまり見られない現象である。