そして、日本国憲法では、議院内閣制が採用されて、衆議院の指名で首相が選ばれるようになった。その意味で、立憲主義とは総選挙で首相を決めるということをもって、その基本としているわけである。

 現行憲法の下で、各政党は通常、首相候補を明示して総選挙を戦っている。その意味で、今回の総選挙で希望の党が明示しなかったことは非常に疑問があったのだが、少なくとも、自公は安倍晋三首相が与党過半数なら続投と明言したのだから、そういう結果が出た場合に、首相続投以外の選択をすることは立憲主義のプロセスを否定するものにほかならなかった。

 さらに、過半数を割った場合でも、首班を誰にするか各党で話し合いが行われるのが普通だが、最優先の候補は第一勢力の代表だ。第一党といわないのは、自公のように連立を組んでいる、あるいは、連立を組むと明言している場合は、ワンセットとして扱うべきだからだ。例えば、ドイツでキリスト教民主同盟(CDU)とキリスト教社会同盟(CSU)はワンセットとして扱われている。

 英国のメイ首相も6月の総選挙で保守党が過半数割れしたが、小地域政党の協力を得て続投しているし、スペインのラホイ首相も2回連続で過半数割れしているが同じく引き続き政権を担っている。
英国議会の議事堂、ウェストミンスター宮殿(iStock)
英国議会の議事堂、ウェストミンスター宮殿(iStock)
 もちろん、自民党内の問題としては、自公で過半数割れすれば、勝敗ラインをそこに置いたがゆえに退陣論が出ることはあるだろうし、勝敗論として国民にそれを明示しているがゆえに、退陣することが国民への背信とはいえないというだけのことだ。こんなことも分からないなら、民主主義を論じる資格はない。

 しかし、朝日新聞やそれと同傾向にあるマスメディアは、この民主主義のプロセスを破壊することに全力を挙げたのである。

 特に、10月8日の日本記者クラブ主催の党首討論とそれを巡る報道はひどかった。ともかく行司のはずの司会進行役が、自らまわしを締めて戦う気全開だったからだ。その1人である毎日新聞の倉重篤郎氏は、自らこんなことを書いている。

 日本記者クラブの企画委員という仕事をこの数年やらせていただいている。

 同クラブで記者会見をしていただく方々のコーディネート役である。政治担当なので国政選挙や自民党総裁選のクラブ主催の討論会の際には、代表質問役の一人を仰せつかる。

 重要な仕事だと思っている。国民が聞きたいことに質問の矢を絞る。何らかのニュースを引き出す。ことの本質にできるだけ迫る。毎回そういう思いで、やってきたつもりであるが、いつも終わった後で、あの時こう聞けばよかった、という後悔の嵐である。

 10月8日の衆院選党首討論会もまた然(しか)り。私からしてみると大義のかけらもない安倍晋三首相によるこの解散政局に対し、その非道さの本質を突く質問ができたか。安倍氏から十分な答弁が得られたか。改めて自らに問うてみた。