まずビール瓶で貴ノ岩を殴ったという表現。力士がそんなことするだろうかという疑問でした。実はビール瓶というのは、中身が入っている状態では重く威力のある鈍器になりますが、中が空の状態では軽いし瓶の方が割れてしまって武器としては微力なものです。

 それよりは力士の素手の方が、ずっと破壊力がある凶器です。私のような素人が力士に張り手で頭をはたかれたら、それだけで死んでしまうかも知れません。日馬富士がわざわざビール瓶で殴るという行為には、どうしても意味が見いだせずに、首をかしげるしかありませんでした。カラオケのリモコンであろうと何であろうと力士の場合関係がありません。素手そのものが凶器なのですから。

 もう一つは報じられた診断書です。「右中頭蓋底骨折、髄液漏の疑い」という記載です。本当に髄液漏など起こしていたら、全治2週間どころではない重傷です。いや命に関わる重態でしょう。でも医師は「疑い」と書いているだけであり、よく読めばそれほどでもないことがわかります。全治2週間というのも負傷した10月26日から起算して2週間です。

 実際に貴ノ岩は翌日に鳥取の巡業に参加していますし、いくら力士が並外れた体力を持っているとはいえ、2週間での復帰は現実離れした回復力だということになります。ワイドショーが日馬富士の暴行のひどさを語るために、こぞって引用したこの診断書は、実はちゃんと正しく読めていなかっただけで、本当は軽傷に近いものだったのではないかと私は思っています。

 何よりも理解に苦しんだのは、日本相撲協会の理事でもある貴乃花親方が、この事件を協会の八角理事長や危機管理委員会に報告せず、いきなり県警に被害届を診断書とともに提出したということです。
引き揚げ時、テレビのインタビューに答える八角理事長=2017年11月、福岡国際センター(撮影・中島信生)
引き揚げ時、テレビのインタビューに答える八角理事長=2017年11月、福岡国際センター(撮影・中島信生)
 もちろん一般社会の常識としては、暴力事件などが起こったらまず警察、それから内部調査という手順を踏むべきだとされています。しかし日本相撲協会というのは、文部科学省管轄の公益財団法人です。日本の国技としての伝統や精神を受け継いでいくために、さらに言えば暴力を神格化させた特殊な世界の自治のために、半官半民の立場を与えられています。

 日本相撲協会には、不祥事などに備えて、組織の内部で解決するためのシステムがあります。危機管理委員会です。それは外部から招いた元地検特捜部の検事や弁護士などを含む、特別な委員会。すなわち今回のような内輪の事件が起きたときには、真っ先に相談すべき機関です。なぜそこに貴乃花親方は最初から報告しなかったのか。通報義務を無視して単独行動に出たのか。

 組織の力学、というものがあります。組織の力は、その組織を守る方向に作用する、という法則です。それに従えば、貴乃花親方は今回のような事件の場合、まずは日本相撲協会に通報して、危機管理委員会の判断をあおぐ。その上で警察沙汰にするかどうか、結論を下すというのが自然な流れです。

 その自然な流れに逆らって、今回の軽微な事件を最初から警察沙汰にし、刑事法廷も辞さない構えでマスコミにアピールした貴乃花親方の態度は、組織を守るというよりも、組織を相手にして追い詰めているように見えます。