白鵬はなぜ、そのような自分本位な誤解を土俵上で感じるほどの傲慢(ごうまん)さと混乱を内部に持ってしまったのか。

 白鵬といえば、2015年1月場所後、部屋で行われた恒例の優勝インタビューでも審判部批判を展開し、物議を醸した過去がある。

 13日目の稀勢の里戦、軍配は白鵬に上がったが、物言いがついて取り直しになった。その一番を自分から話題にして、「帰ってビデオを見たら、子供が見てもわかる。なぜ取り直しにしたのか。簡単に取り直しはやめてほしい」と訴えた。

 敬愛する大鵬親方の45連勝が、後に「世紀の誤審」と呼ばれるミスで止まった(昭和44年春場所)。それがビデオ判定導入のきっかけになったと言われる経緯も挙げて、白鵬は公正な勝負審判を求めた。むろん、こうした提言がタブーになってはならない。白鵬の主張は、相撲界では異例であっても、それを受け入れ、反映する柔軟さ、公正さこそ相撲界は持たなければならない。ところが、次第に、「日本人より日本人的」とさえ言われ、相撲道の精進を尊敬されていた白鵬の雰囲気に変化が起こった。荒い相撲や行動が目立つようになったのである。

弓取式前も土俵に立ち続ける白鵬
=2017年11月22日、福岡国際センター(撮影・仲道裕司)
弓取式前も土俵に立ち続ける白鵬 =2017年11月22日、福岡国際センター(撮影・仲道裕司)
 白鵬からすれば、相撲道を求めたいのに、誰も導いてくれない。今の相撲界には、自分が尊敬し、師と仰げる存在がない。双葉山を目指し、「先の先」「後の先」といった相撲の極意とも言われる境地を目指したが、それを共有できる同志が相撲界にいない失望感、孤独感もそれに拍車をかけたのだろうか。

 いつしか、奥義を究める発言は影をひそめ、勝負や結果にばかり集約されるようになった。良くも悪くも目の上のたんこぶのような存在だった朝青龍が相撲界を去り(2010年2月)、2013年1月に元大鵬親方が亡くなり、白鵬にとっては重石も頼るべき先達(せんだち)もなくなった。

 加えて、新弟子のころから白鵬の師匠であり恩人と言われた現宮城野親方と、大島部屋解散の際、モンゴル人力士受け入れを拒まれたことをきっかけに冷たい関係になった。そして今や宮城野部屋の中に、白鵬とその弟子グループが別に存在するような状況だとも伝えられている。すでに自分自身が親方のような存在になって、白鵬に提言できる存在もいなければ、耳を傾ける意志を持つ先輩や師匠的な人物さえいないのかもしれない。

 この出来事からも、親方が相撲道を究めた親方でなく、理事長がビジネスの責任者になってしまった現在の相撲界の難しさが浮かび上がる。本来は、相撲道こそが根元にあり、師匠と力士の信頼関係が基盤になって成立する。横綱になること、優勝回数を重ねること、経済的に繁栄することばかりに重きを置かれた弊害が、今の相撲界を覆い、さまざまな問題を露呈しているように感じてならない。