最近は日本での綿密な取材調査をもとに、日本に住む在日外国人(特に在日朝鮮人)への陰険な差別、言語による暴力、反対運動を取り上げているアメリカ・欧州の報道もよく目にする。日本人が言葉の壁に守られながら光を当てようとしない国内での人権問題・人種差別問題を今、外から当てられる光によって明らかにされようとしているということも認識しておく必要がある。

 そういった日本での人権問題を取材・調査・報道する人たちが例えばアジア系ではない場合も多い。日本における在日アジア人への差別・暴力を取り上げるきっかけが自分自身の体験したいわゆる『外人』への人種差別であるという例も少なからずあるだろう。一般的に日本人にはなかなか意識上にはあがってこないさまざまな差別意識があるということに気づくことが第一歩なのかもしれない。

 いかなる側面が題材であったとしても日本の報道が海外で歪んだものにならないためにも日本はもっともっと生の言葉を発信できる国際化に努めることが必要である。国内で改めるべき問題は改め、海外で誤解されていることがあればしっかりとした正論をもって対等に主張していかなくてはいけない。媚びたり、非難したりして取り繕う時代はもう終わらせるべきだ。

 サンフランシスコ市長の裁決に対し市議会で際立った反論も生まれず全員一致で可決されたこの慰安婦像設置案。日本の感情論がこれだけどうでもいい存在なのだということに対して反感を抱く前に、まずは自分の足元を照らす必要があるのだと思う。国家的感情論で論議するのではなく、国際社会の中で日本はどういう国として受けとられていて、経済的先進国としてどこを目指しているのかをじっくり見直す機会にしてみてはどうだろうか。その上で日本が正しければ国際的ステージで外交や言葉でしっかり弁明し時間をかけて実りある議論をし合える土壌と人間関係を作り上げていくべきだ。 
セントメリーズ公園に慰安婦像とともに設置された碑文=米サンフランシスコ
セントメリーズ公園に慰安婦像とともに設置された碑文=米サンフランシスコ
 かつて無謀にも大国アメリカ、そして世界を相手に戦争をしかけたその張本人である日本。そして原爆に泣いた国、日本。敗戦の屈辱から立ち上がり、経済大国といわれるまでに復興し世界のリーダー的立場に立った日本ならではの主張をこれからは毅然とした形で見せてほしい。

 第二次大戦中に無念な思いを強いられた日系アメリカ人の方々と、経済大国日本の落とし子として日本を守り続ける日本の皆さんと、第二次大戦後アメリカに進出してきた私たちとがもっと連携し、力を合わせ、世界和平と発展を担うこれからの時代の日本の立場を確立させていく必要があるのだと思う。

 今、必要なのは、失敗をおそれぬ勇気、その上で得られるたくさんの経験を活かし全体を引き上げるための叡智をかざし、意見の違いを認め、包括し導いていく勇気なのだろうと思う。失敗の経験がたくさんある者は決して他人の気持ちを疎(おろそ)かにはしない。サンフランシスコ市長の判断が失敗だと思うなら、その失敗を活かしサンフランシスコ市長とともに全体が成功へと突き進める流れを作って欲しい。

 そしてなによりも奇をてらう詭弁(きべん)などには目もくれず、心のど真ん中が共鳴する真相を探る人が多くいることを願ってやまない。世界和平は私達一人一人の心の中の取捨選択から始まるのだから。