「角度」をつけて記事をつくることとは


 そういえば、朝日の第三者委員会の報告について、産経新聞は朝日の過去の記事が国際的に悪い影響を与えたと、大きく報じていましたよね。それが見出しにもなっていたでしょ。産経は産経で「角度をつけて記事を書いているよな」と思いました。

 それにしても「角度」をつけるっていう表現は不思議ですよね。かつて私が勤めていたNHKでもそんな言葉はなかった。ただ、よくあるでしょ。例えば、新聞記者が第二社会面トップぐらいというつもりで書いたら、突然デスクから「一社トップで行くぞ」とか、「一面で行くぞ」とか言われたりする。デスクからは「リード(前文)を工夫しろ」とか、「イーハンつけろ」とか言われません? きっとあるでしょ。今の若い人には意味が分からないかもしれないけど。

 どんな記者だって、突然「トップにするぞ」と言われたら、「イーハンつけろ」と言われたらやるでしょ。なんとかでは初めてとか。世界初と言えないならアジア初とか。なんじゃそれ、みたいなのが時々ありますよね。

 つまり、イーハンつけろよというのが、朝日でいうところの「角度をつける」ということなんでしょうね。でも、角度をつけるということは、ちょっと偏ってしまうことになるのかなとも思います。イーハンつけるということは、もう少しニュースバリューを際立たせろということですよね。でも「角度」という言い方は不思議だなと今でも思います(笑)。

朝日の問題は「不良債権処理」と同じ


1月5日、記者会見する朝日新聞社の渡辺雅隆社長(大西正純撮影)
 朝日について言えば、一連の問題を訂正したり、お詫びする機会はあったはずなのに、それをずっと放置してきたという人がいます。これはものすごく、日本的な企業風土だと思うわけですよ。朝日だけではなくて、日本の企業だったらどこにでもある話。新聞社の感覚で言えば、大阪社会部が書いた記事だから、東京社会部は知らないよと。こんな経験あるでしょ?

 あるいは、過去に起きたことだし、なんで今さらほじくり返すの? みたいなことになる。当時書いた人が今、会社の上層部にいたら、その人の過去を掘り起こすことになってしまう。それはそっとしておこうとか、自分の時に問題にならなければいいから先送りするって、誰しもが思う感覚なんですよね。

 バブル経済が弾けた後の日本の金融機関はみんなそれをやってきたわけですよ。バブルが弾けて、どんどん不良債権が積み上がり始めた。担保となった土地を早く処分すればいいのに、それを処分して不良債権だと切って捨てると、前任者が間違っていたということになる。たとえば、それをやった人が今は本社の偉い人になっていれば、こんなことをやると自分の出世に響いたりするから、自分の時だけは何事もなく、後に任せればいいやと思う。「先送り、先送り」といって気がついてみたら、不良債権がものすごいことになって、「飛ばし」にした。飛ばしにして、帳簿から消したでしょ。あれと同じですよ。
 
 あるいは、不良債権の額をわざと低めに抑えたりして、実際に金融庁が調べてみると、どーんと額が増えましたよね。結果的に不良債権処理に失敗して金融破綻が深刻な問題にもなった。朝日新聞とそっくりだと思いますよ。いや、朝日新聞だけじゃなくて、日本の企業風土としてよくあることだと思う。むしろ、そっちの観点からこの問題を考えた方がいいんじゃないかと思います。

 当然ながら、産経新聞にだってあり得るということです。もちろん、今のご時勢なら、すぐ膿を出す努力はするでしょうけど。昔は産経さんだって、誤報を出してもほっかぶりしたことがあるわけですから。それは朝日特有の問題とみてしまうのは間違いなんじゃないかな。日本的な企業風土として、どこでも有り得ることなんだよと考えた方がいいんじゃないかな。だからこそ、朝日が報じた吉田証言というのは「不良債権」そのものだったんですよ。不良債権の処理をしないで、放置している間にどんどんそれが膨らんでしまった。それが今回、やっと不良債権処理に踏み出したわけですよね。