ラジオからテレビ、紙からネットへの変革


テレビ東京系選挙特番「池上彰の総選挙ライブ」の
会見を行った池上彰氏=2014年12月2日
 朝日の問題は、ネットでも特に注目を集めました。ネットを利用する人が情報収集する時にググると、産経の記事もネトウヨのブログも一緒になって出てきちゃうわけでしょ。並列で出てきちゃって、次々に読んでいると、どこで読んだかよく覚えてなかったりしたという経験だって誰しもきっとある。

 新聞社の記事というのは、きちんと訓練を受けた記者が「プロ」として書き、さらにデスクが手直しして、校閲がもう一度チェックするという、何段階ものプロセスを経て世に出ますよね。

 その一方で個人がやっているブログなんてのは、思い込みだったり、勝手な意見を随分出していますよね。ネットの世界では、それが一緒にされている危険がものすごくあると思うんですよね。

 確かにインターネットができて誰もが記者になれる。みんなが情報発信できる。それはその通りなんですけど、結果的に取材をし、事実関係を確認し、報道することの恐ろしさって、我々は知ってますよね。間違えたらどれだけ大変なことになるのか。でもネットしかやらない人はそういう怖さを知らないわけでしょ。結局、人違いになったりして名誉棄損で訴えられたりっていうことがたびたび起きている。こういう時こそまさに「プロの力」というのが、ネットの中でもとりわけ必要だと思うし、今まさに問われているんだと思います。

 ただ、ネットの記事っていうのはPV(ページビュー)を稼いで広告料をとるわけでしょ。週刊誌と同じですよね。一定の購読料とは別になってます。今、話をしていてふと気がついたんですけど、そもそも紙媒体とは根本のビジネスモデルが異なるのがネットメディアですよね。

 メディアの歴史をひもとけば、民放テレビが始まったとき、ラジオ局がテレビを始めたんです。ラジオこそが本流だと思っていた連中は当時、テレビには誰も行きたがらなかった。当時のエリートコースの連中がみんなラジオに残って、上の評価がめでたくなかったり、はぐれ者がテレビに行かされたんです。そういうエリートじゃない、いろんな連中がいたことによって、テレビは活性化していくんです。だから、今の紙媒体とネットメディアって、かつてのラジオとテレビの関係に近いのかなとも思います。

 テレビが出てきたときに、映画界では映画俳優をテレビに一切出さないという「五社協定」というのがあって、東映とか日活とか、5社が協定をして、映画俳優は一切テレビに出なかったんです。そうやってテレビを困らせようとしたわけですが、テレビ局は仕方がないから、自分たちでテレビドラマの俳優を発掘した。そこからみるみるテレビドラマの人気者が誕生していった。

 いつしか映画が没落していき、結局は映画俳優も「テレビに出してください」という流れに逆転するわけです。明暗を分けるというか、新しく主役が代わるという時は、そういうことが起きるんだろうと思う。今はネットのルールというか、作法というのか、そういうものがまだ成熟していない。でも、これからきっと成熟していくのだと思う。いや既存メディアこそ、そういうものを積極的につくっていく役回りを担う必要があると思います。