そして詳細の区分がないものに関しての判断基準は大きく4つに大別されます。

・完全に有害であるものはハラムである

・完全に善いものはハラルである

・害が善にまさるものはハラムである

・善が害にまさるものはハラルである

 ずいぶん窮屈な教えだと感じる人もいるかもしれません。しかし、イスラムではハラルであるものは十分であり、ハラムであるものは余分なものであると考えています。そしてハラムとしているものには必ず有益な代替物が用意されているので、窮屈と感じることはありません。

 ハラル、ハラムの判断がつかないものはどうするのかというと、疑わしい場合は避けるべきと考えます。また、善意や高潔な目的、高尚な望みであっても、ハラムであるものはハラムとされています。

 イスラムはいかなるものも平等であるという考え方をとっています。このハラムという考え方もすべての者に等しく、禁じられています。特定の個人、集団、地域、気候条件などの利益となるように譲歩することは許容されていません。

 その証拠として、イスラム教徒は非イスラム教徒との取引においてもハラムの規則を緩和することはありません。また、イスラムでハラムであるとされているものを一般的な慣習であるということを理由に譲歩することも有効ではないとしています。つまり、状況や環境によって二重基準を適用することはありません。

 日本でよく論じられる非イスラム向けのそれぞれ基準の異なる「ローカルハラル」というものは、この観点からすればあり得ないということになります。イスラムにおいてハラルであるものはハラル、ハラムであるものはハラルなので、そこに「ローカルハラル」というものは存在しないことになります。

 しかし、寛容さを持ち合わせているのもイスラムの一つの側面なのです。ハラム・ハラルに関する判断についても、やむにやまれぬ事情がある場合は、禁止されている物事に関する制限は排除されます。これは医療の現場や災害、飢饉(ききん)など非常事態のことを指しています。
ハラル対応をしたアジアンレストラン「レネサ」をオープンしたムハンマド・アウアルさん一家=2017年8月、奈良市
ハラル対応をしたアジアンレストラン「レネサ」をオープンしたムハンマド・アウアルさん一家=2017年8月、奈良市
 イスラムの教義におけるハラルについて理解していただけましたか。