「関係者」と称する無関係な第三者たちの発言によって構成された「臆測報道」。このような異常状態を横行させる背景にあるのは、皮肉にも大相撲力士のコンテンツ力の高さがゆえだ。

 例えば、最新の週間視聴率ランキング(11月20日~11月26日)を見ても、「大相撲九州場所12日目」は、関東地区で17.2%とスポーツ分野で堂々の1位だ。この数字は、全番組の中でも「笑点」に次ぐ5位である。

 テレビ離れが進む今日にあってもなお、大相撲中継は、高位安定の「鉄板コンテンツ」であることに間違いない。中継技術も完成しているだろうから、番組制作にあたり改めて新しいアイデアを考え出す必要もなく、労力もかからない。近年、消滅しつつある「ながら視聴」にもまだまだ耐え得る貴重なコンテンツでもある。

 大相撲中継が「本編」だとすれば、バラエティー番組や情報番組で扱われる大相撲ネタはいわば「スピンオフ」だが、このスピンオフでさえも本編に伍(ご)するほどのコンテンツ力を誇っていることは言うまでもない。力士を登場させるバラエティーやワイドショー番組は数多い。

 エンターテインメントという観点から見ても、大相撲や力士は分かりやすく、扱いやすい素材だ。何より「相撲レスラー」のキャラクター性が明確であり、相撲に詳しくない人でも、力士がテレビに出てくれば、「あっ、この人はお相撲さんなんだ」とすぐに分かる説明不要のコンテンツなのである。

2017年11月29日、引退会見を終え頭を下げる日馬富士
=福岡県の太宰府天満宮(撮影・仲道裕司)
 日馬富士や貴ノ岩含め、登場する力士や親方の名前を今回の騒動で初めて知った若い人は少なくないだろう。しかし、普段、大相撲中継などを見ておらず、個別の力士に興味がない人でも、相撲界全体の話題やスキャンダルには思わず関心を持ってしまう。われわれ日本人の中に、大相撲、力士というコンテンツへの関心が潜在的に刷り込まれている証左と言える。

 この高いコンテンツ力が故に、無関係な「関係者」の臆測や場外乱闘でさえも、ワイドショーや情報番組にとっては決して小さくないニーズが生まれる。当事者からの情報が出てこない今回のようなケースであればなおさらだ。

 もちろん「関係者」たちの無法地帯が生まれる理由は他にもある。

 メディアにとって、大相撲のコンテンツ力の高さは、相撲協会に対する弱みにもなっている。ジャニーズ事務所のような大手芸能プロダクションとの関係にも似ているが、批判的な立場はとりづらいはずだ。コンテンツ力の高い相手に対しては、常に顔色を窺わざるを得ないのが今のテレビの宿命である。それがとりわけ閉鎖性が強いといわれ、他に代替がきかない相撲協会であれば過剰な「忖度(そんたく)」は必至だ。

 それでも、スキャンダルであればあるほど関心が高まる大相撲ネタであるだけに、今回のような騒動は、テレビのワイドショーや情報番組ではあれば、多少のリスクを冒してでも扱いたいトピックだろう。

 そこで利用されるのが「関係者」たちである。

 「関係者」をカメラの前に座らせて、「よく知る第三者」として発言させることで、メディアとしての直接的な責任を回避しつつ、話題性の高い情報を発信できる。相撲協会にとって不都合であったり、気に食わない内容があったとしても、その責任は「関係者」にあるのだから、差別発言や放送禁止用語などを口にしない限り、番組自体が責任追及の対象にはなりづらい。

 テレビは責任の外に置かれ、「関係者の発言」だけが、番組のスクープ、新事実として無責任に一人歩きをしてゆく。要するに無責任でスキャンダラスな発言を「関係者」と称する、出たがりの第三者に代弁させているだけではないか。それどころか、真偽不詳で臆測だらけで炎上発言をしてしまう「関係者」もまた、ワイドショーにとっては力士同様に便利なコンテンツなのかもしれない。