一方に不測の事態が起きたとき、子どもや親族と疎遠になっている者にとってはパートナーこそSOSを発せられるライフラインの役割も果たす。いわば、無縁社会における危機管理策、とまじめに位置づけてもいい。何より、引きこもりとも関係なく、日々の身だしなみにも気をつけ、生き生きと社会生活できるメリットは大きい。

 四季折々のイベントに対して「来年のお正月も一緒に」「来年のお花見も一緒に」「来年の花火大会も一緒に」「来年の紅葉も一緒に」「来年のクリスマスも一緒に」といった希望も見いだしているゆえ、互いに進んで節制し、健康にもより気を遣う。毎日体重計に乗るのもいとわぬばかりでなく、定期的に病院に通い、それぞれの検査シートを見せ合って互いの健康状況を把握もするのである。節制と健康管理は愛する人のため、でもあるのだ。

 ただ、厳しい現実の問題もあることも最後に書いておこう。

 確たるデータこそないのだが、心の支えとなっている好きな人が亡くなったときの精神的ショックは残された人の死期を確実に早め、1年以内に亡くなるケースも多い、という話は医療関係者や高齢者福祉関係者が指摘するところでもある。

 先に逝く人は幸福の絶頂の中で人生を終えることができる。しかし、残された人は厳粛に人生最後の恋であるパートナーの死を受け止めざるを得ず、日常生活を送るのにも苦痛な鬱(うつ)状態に陥るのだ。

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 とはいえ、それも私は「クオリティー・オブ・ライフはクオリティー・オブ・ラブである」を反映している典型例ではないか、心のときめきもなく、ただ年齢を重ねるよりも人間的ではないか、と取材から感じてきた。

 日本は有史以来、初めて迎える高齢社会の中で、高齢者の恋愛と性についての社会的な理解はまだまだ日が浅いと言えるであろうが、現代の70代以上の方は、その先駆者、開拓者たる存在として歩んできた。

 一昔前は「いいトシをして」「みっともない」と陰口をたたかれて、何かと抑制を課せられてきたが、アンチエイジングの普及の中で、ようやく理解を得られつつある段階に入り、現在は新たな段階への発展途上、成熟の途上にあると言えるのだろう。