好きでもないことを「やりなさい」と言われ、泣く泣くやった、なんて経験は誰にでもあると思うが、「僻地勤務の義務化」はまさに同じことだと思う。私だったら、モチベーションが維持できず、やりがいを見失ってしまうだろう。何よりも、地域の人の健康を守っていく責任は負えない気がする。

 他にも、「地元出身者を医学部入試で優先する枠の増加」が、医師の偏在解消策の一つとして検討されているという。だが、この案は7年も先の将来の進路を高校生に迫るだけでなく、さまざまな地域に飛び込むチャンスを奪い取る案でしかないと思う。

 医学部受験の際、奨学金貸与を検討したことがあった。「地域医療に強い意欲を持ち、卒後県内の病院で勤務する意思を有する者に対しては、県より医師養成奨学金を与える」というものだった。医師になるためには、医学部に進学するしかない。医者になれるなら、どこの大学でも、どんな制度でもいいという一心だった高校生の私には、「卒後数年間は、県内で勤務せねばならない」ということも重みを理解できていなかった。

 一般枠で合格し、すっかり制度自体を忘れていたが、大学5年生になり、卒後の進路を考え始めた時、いわゆる「地域枠」という縛りが自分にはなくてよかったと実感した。もちろん、地元の医療を支えたいという強い意志を持ち続け、自ら地元に残ると言っていた同期もいた。

河合診療所の山本均院長から話を聞く
三重大学医学部の学生たち=2016年9月、伊賀市
河合診療所の山本均院長から話を聞く 三重大学医学部の学生たち=2016年9月、伊賀市
 だが、医学生ながら医療の実態を垣間見て、私はどこでどんな医師になりたいのかを考えたときに、働く場所が定められていることは選択肢を大幅に狭めることに、その時初めて気がついた。医師になりたいという一心の高校生に、医師免許をあげるから県内に残って医師として働きなさいといっているにすぎなかったのだと、ようやく分かったのだった。

 今では、卒業と同時に生まれ育った関西を離れたことは、とてもよかったと思っている。先入観や固定観念を持っていたことに気づき、地元関西の良さを再確認するきっかけにもなった。たくさんの出会いもあった。異なる環境に身を置くことは、つらいこともたくさんあったが、それ以上に自分自身を成長させてくれるチャンスを与えてくれると実感している。

 医師として地域に飛び込み、地域に溶け込み、地域に根ざし、住民の健康を守ることは、制度で縛ることも強制することもできない。自ら志願して来てくれた医師と、来させられた医師の、どちらに診てほしいだろうか。どちらの医師に、自分の命を預けることができるだろうか。若手医師に僻地医療を強制させよと議論している人に、そういう視点が欠けている気がしてならない。