これで信長がいかに大蛇に執心していたかがおわかりいただけたと思うが、ところで、読者の皆さまは何かに熱中したときにどういう行動をとるだろうか。信長のようにそれを手に入れて一体となりたいと思えば、品物であれば高額でもかまわずそれを買い求め、山野を探して回り、自分で造りだそうと寝る間も惜しんで製作にいそしむだろう。人物であれば、その人の髪形・衣装・話し方をまね、メイクも似せようとするだろう。SNSなどのハンドルネームもその人物の名を使ったりする人は多いだろう。

 信長の場合はどうしたか。身につけるもの(三五縄)の話は以前にしたが、それだけではない。そのこだわりは、家臣の名前にも残っているのだ。

 その家臣の名は、佐久間信盛。信長の重臣であり、他の家老たちがことごとく信長の敵にまわったときでも信長に従い、支え続けた筆頭格の家来で、忠義厚い武士だ。のちには「退(の)き佐久間」とあだ名されるほど、退却戦の殿軍をつとめさせれば抜群の粘りをみせた。これも主君・信長への信頼と忠誠心がなければできることではない。
織田信長像(東京大学史料編纂所所蔵の模写)
織田信長像(東京大学史料編纂所所蔵の模写)
 そんな信盛が、若い頃に発給した文書がある。天文年間(この時期から4年以上前)に熱田社の関係者に出したものなのだが、そこに記された彼の署名は「佐久間半羽介」というものだった。
 
 筆者は以前、この「半羽介(はばのすけ)」というのは現在の名古屋弁にある「ハバ」と同じものかと考えていた。「ハバ」は仲間はずれ、という意味であり、信長とその近習たちが傾奇者の格好で人も無げに振る舞うのは、自分たちを世間の除(の)け者と規定し、家臣にもそのものズバリの名を使わせていたのではないか、というわけだ。「珍走族」の若者たちが奇抜なグループ名を名乗るのと似通っている。

 だが、どうやらそれだけではなかったようだ。実は、「半羽介」のハバは、大蛇の代名詞でもあるのだ。『古事記』などを見ると、ヤマタノオロチを退治した素戔嗚尊の剣の名は「アメノハバキリ(天羽々斬)」なのだが、これはハバを斬るための天剣という意味である。つまり、ハバ=大蛇なのだ。

 信長は、信頼する信盛に大蛇と名乗らせて、名前の上からも身の回りを蛇で固めていたということになる。信盛もまた信長の思想に賛同し大蛇の名を喜んでわが身に承(う)けた。そして家来たちはみな信長の大蛇信仰に同調し、集団でその力を追い求めていく。