でも、厚労省がある地域の典型的医療データを出して、日本の有識者の誰も答えを見つけていない「効率的な地域の医療の運用」という結果を、地方の素人事務に求めて「丸投げ」することはひどい施策だと思っています。

 私は防衛医大出身で、一般の医学部とは異なり卒業後に自衛隊で勤務する大学に最初から自分の意思で入りました。だからこそ、一番勉強が必要な若い時期に専門から少し外れ、一般内科、健康管理、医療行政、防衛問題、海外派遣といった普通の臨床医とは異なる仕事をしてきました。私個人はその経験がよかったと思っていますが、それが嫌でお金を払って早期に辞めていった人間もたくさんいます。そして彼らの一部は精進し、他の大学医学部の教授になっています。だからこそ、医学を勉強したいと思っている若い医師たちに学問や職業選択、居住の自由を持たせず、自分たちの希望しない僻地勤務を強制させるのは、民主主義国家の医師として絶対反対です。

 3年前、私のブログに書いたように、自治体の身勝手さは変わっていません。もちろん地域枠の医師はある程度意思を宣言されていますので仕方がないとは思います。だけど、いつから他の医師を勝手に配置する根拠ができたのでしょうか。
(iStock)
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「医療機関の管理者になるなら、医師不足区域に行くべきだ、という仕組みが、強制と取られるのは無理がない」
「強制的なイメージを伴うので、今の時代に合っていない。僻地で医師が少ない地域に、国民を住まわせるなら、医師へのインセンティブでやるのではなく、国の責任として医療を提供する仕組みを作るべきだ。医師に『一肌脱げ』という仕組みを作るのはやはり違うと思う」
「地方では総合診療専門医などが必要とされる。どんな医師を育成するのかという視点も含めて議論してもらいたい」
と、分科会に出席した有識者からはまともな意見も出ています。でも、これらの意見は正直無視されていくのでしょう。

 日本の医療を前進させることは大切ですし、今の地域医療もある程度の整備が必要です。でもその整備を、僻地に勤務していいと宣言していない若手医師の犠牲で成り立たせてはいけません。尊厳死や安楽死、胃ろう、延命処置などどこまでの医療を行うか、現状の必要性が定まっていないのに、形だけ定数として若手の医師を僻地に配置し、彼らの進歩を犠牲にしてはいけません。若手医師にだけ犠牲を求めてはいけないのです。