実は、厚労省や業界団体による統制は、すでに医療現場に悪影響を及ぼしている。その具体例が新専門医制度だ。
厚生労働省本庁舎が入る東京・霞が関の中央合同庁舎第5号館の看板(宮川浩和撮影)
厚生労働省本庁舎が入る東京・霞が関の中央合同庁舎第5号館の看板(宮川浩和撮影)
 医療界では、来春より専門医の教育制度が変わる。従来、専門医資格を目指す若手医師は、自由に勤務する病院を選べたが、今後は大学病院を中心としたプログラムに基づき、各地を回ることになる。特に専門領域が多岐にわたる内科と外科は、将来、自分が専攻しない分野も研修する必要があり、専門医資格をとるのに時間がかかる。

 仙台厚生病院の遠藤希之医師の調査によれば、来年度の内科専攻医の登録者は2554人で、例年より2割程度少ない。外科は772人で、例年より1割少ない。増加したのは眼科や泌尿器科だ。

 内科医志望医が15人以下の県が8県、外科志望者が5人未満の県は11県もある。これでは地域医療は確実に崩壊する。

 代わって増えたのは東大や慶応大の医局だ。内科の場合、例年の専門医取得数は10人以下だが、来年度の応募者は東大が43人、慶応大は33人だ。厚労省の意図と全く逆の結果となっている。

 医師不足の辻褄合わせに使われるのは、若手医師にとってたまらない。彼らは、自らのキャリア形成にとって合理的な選択をしただけだ。地域医療が、こんなことになっていることを、果たしてどれくらいの人が知っているのだろうか。

 実は、厚労省の医療法改正の素案に書かれていることは、こんなレベルではない。本稿では詳述しないが、医学部地域枠の拡充、卒業後の地域勤務の義務化など、医学生や若手医師を雁字搦めにするための具体策が網羅されている。

 我が国の医師不足は深刻だ。多少、医師の人権を抑制しても、厚労省の政策で医師偏在が解決されるなら、仕方がないとお考えの方々も多いだろう。厚労省の素案を多くのメディアが批判しないのは、厚労省記者クラブの記者たちが、このように考えているからだろう。

 ところが、そもそも厚労省の政策は前提自体が間違っている。我が国の医師偏在は、厚労省や審議会の委員が主張するような、若手医師が田舎に行くのを嫌がり、都会に留まるから、あるいは若手医師が激務の外科や産科を嫌がり、楽な診療科を選択するからではない。私どもの研究所のスタッフで、福島県の相馬中央病院の内科医である森田知宏医師の調査が面白い。

 森田医師は2004~2014年にかけての、国内の医師の偏在を経済格差の研究で用いられるジニ係数を用いて評価した。

 ジニ係数は所得分布の不平等などを評価する際に利用される経済学の指標だ。0が完全に平等、1が完全独占だ。この間で数値が大きくなるほど、格差が増す。ちなみに、我が国の所得のジニ係数は0・57(2014年)だ。

 実は、調査期間を通じて、医師偏在に関するジニ係数は0・21~0・22程度でほぼ横ばいだった。厚労省の主張するような医師の偏在は悪化していない。

 興味深いのは、ジニ係数に大きな男女差があることだ。女性のジニ係数は0・17で、近年、少しずつ増加している。一方、男性医師のジニ係数は0・14から0・13へと低下した。特に40~59才の男性医師のジニ係数は低いのに、調査期間中にさらに0・11から0・09へと低下していた。