首都圏の大学病院を辞めて、北関東の民間病院に就職した医師は「大学医局の煩(わずら)わしい人間関係もなく、給与も高い。医師が少ない分、症例もそれなりに多く、技量も維持できる。週末、都内の自宅に戻ればよく、いまの環境に満足している」という。

 我が国の医師偏在が、このレベルで留まっているのは、女医の増加に対応して、需給バランスに適う形で中高年の男性医師が地方の病院に異動していったからだ。つまり、合理的な選択を積み重ねた結果だ。決して、厚労省や大学医局が適切に人材を配置したからではない。

 ところが、厚労省は各都道府県の「地域医療支援センター」の機能を強化し、「医師のキャリア形成支援・配置調整ができるよう」にする方針だ。この枠組みは、厚労省は都道府県に丸投げし、都道府県は地元の大学医局に丸投げする。

 もちろん、この枠組みは機能しない。強制的に地方に派遣されることになる若手医師は「海外で働くことを考えている」と言うし、一方、地方に出る若手の穴を埋めるため、大学病院などで働かされる中高年の医師は「企業の産業医か、製薬企業で働きたい」と言う。この結果、医師不足は加速する。

 この枠組みで得をするのは、天下り先が増える県庁の職員と、再就職先が確保出来る定年間際の医学部教授たちだけだろう。

 問題はこれだけではない。厚労省は医師の地域定着を目指すため、「地域枠」を拡充し、卒業後は地元に縛り付けようとしている。若者は異文化と交流して成長する。これは古今東西変わらない原理原則だ。こんなことをすれば、医学生のレベルが下がるだけだ。

 世界の医学教育は優秀な生徒を集めるため、グローバルな競争を続けている。近年、日本の若者がアメリカだけでなく、東欧の医学部に進学するようになったのも、その一環だ。グローバル化が進んだ世界で、厚労省が独善的な政策を押しつければ、優秀な若者は海外の医学部に進学するだけだ。

2008年4月、参院予算委で質問に答える舛添要一厚生労働相
(酒巻俊介撮影)
 厚労省は一体、何のためにあるのだろう。医師不足、医師偏在は元をただせば、彼らの失政が原因だ。80年代、将来医師は余ると主張し、医学部定員を削減した。この方針は閣議決定され、2009年、舛添要一厚労相(当時)が撤回するまで続いた。この点を反省することなく、最近になって時代遅れの国家統制を押しつけようとしている。その先にあるのは、我が国の医療の崩壊だ。

 情報化、グローバル化が進んだ21世紀に求められるのは、時代錯誤な国家統制を振りかざすのではなく、地域の実情に即したきめ細かい施策だ。情報開示を進めるとともに、オープンに議論することだ。日本の医療政策を、官僚と専門家たちに独占させてはならない。