つまり北朝鮮とは、大陸と関係の深い「事大」的な政権であり、朝鮮戦争で中国義勇軍によって支えられたのは、それを象徴する史実であった。他方、韓国は「交隣」の海洋側についた政権であり、米軍に支えられ、なおかつ大陸とは隔たって「事大」を払拭できる位置にある。いわば北朝鮮は「事大」を現代化した国家、韓国は「交隣」を現代化した国家なのである。

 北朝鮮は現在、中国にしたがわず独自路線をつきすすんでいる。「事大」国家であるはずの政権が、その歴史に背を向け大陸に歯向かうので、「暴走」になってしまう。

 韓国もその点は同じ。「交隣」国家であるはずの政権が、その歴史に背いて「反日」「反米」を隠そうとしないので、「迷走」に陥っている。

 朝鮮半島の政権は、元来「小中華」だった。北の中国・大陸に対して面従腹背、南の日米・海洋に対しては対等蔑視という歴史を持っているから、「暴走」も「迷走」もかれらの立場からすれば、ごく自然なビヘイビアなのであろう。韓国と北朝鮮はこうしてみると、むしろ朝鮮王朝以来の「小中華」にもとづく世界観と行動様式を共有する一卵性双生児といえるかもしれない。
(iStock)
(iStock)
 半島を南北に分かった地政学的・国際的枠組みは、ともかく安定的に機能、推移してきた。にもかかわらず、「事大」政権の北朝鮮は、中国の意向を顧慮せず、アメリカとの対等交渉という「交隣」をめざし、「交隣」政権の韓国は、アメリカの意向に背いて、経済的に依存する中国に「事大」せざるをえなくなっている。こうしたパラドクスが、東アジアの不安定をもたらしているともいえようか。しかし同時に、そうした運動律も歴史に根ざしたものであるため、南北政権の動きがなかなか収束しないのであろう。

 韓国の文政権はそんななか、北朝鮮との対話・融和につとめている。その動きは日米から疑われ、金正恩政権から相手にされず、いまのところ「迷走」にしかみえない。

 しかしそもそもが一卵性双生児の南北である。かつて文大統領が記し、またおそらく今も望んでいるように、南北が一体となる可能性も皆無とはいえない。

 南北政権はすでに、米中のいずれに対しても、一定の距離を取っている。両者が一体となれば、韓国でも取り沙汰される朝鮮半島の中立化が、現実のものになりかねない。しかも北が核を放棄するとは思えないから、韓国が事実上、北の「核の傘」に入ってしまう事態もありうる。

 果たしてそうなったとき、一衣帯水・列島に住む日本人はいかに行動すればよいのか。そこまで考えなくてはならない時世になってきたようである。