―普通の人は、警察官と話すのは、落とし物をしたときか、交通違反をしたときぐらいですからね……。

冲方:もともと日本という国は、お上に任せておけば大丈夫だ、しっかりやっているはずだという根拠のない信頼がある。こうした姿勢が結局、警察の暴走につながっている。江戸時代以来の身分制度をいまだに引きずっている国というしかありません。しかし、どんな組織であれ、放っておけば腐敗するのは当然ではないでしょうか。

 2007年に周防正行監督の映画『それでもボクはやってない』が公開され、痴漢冤罪の問題が大きく注目されました。あのときに、多くの人が「なんで?」と不思議に受け止めたと思います。もともと日本には国民が警察組織を監視する習慣がないため、冤罪の問題が起こっていること自体を知らなかった。

 これは周防監督に直接、聞いた話ですが、ある被疑者が裁判所の判決に対して「なんでこんな裁判が許されるんだ」と激怒したうえ、自分の弁護士にも「あなたは何をやっているんだ」と叫んだ。するとその弁護士は、「あなたたち国民が放置してきたことだ」と返したそうです。

―司法に対する国民の無関心のなかで、弁護士も絶望を感じながら、仕事をしているわけですね。

冲方:そうです。警察はいつ、誰に牙を剥くかわからない。「いつでもやられる可能性がある」と国民が思わないかぎり、取り調べや司法の正常化は図れないでしょう。さらに国民の側に向けていうべきことは、警察に逮捕された時点ではその人は「罪人」ではない、ということです。「悪いやつはいくら酷い目に遭わせてもかまわない」という意識が私たち国民自身にあるからこそ、司法や警察が暴走するんです。
作家・冲方丁さん=2016年9月29日、東京都渋谷区(山崎冬紘撮影)
作家・冲方丁さん=2016年9月29日、東京都渋谷区(山崎冬紘撮影)
―最後に、一連の事件を総括して、冲方さんにとってどんな意味があったとお考えですか。

冲方:作家としては大きな糧を得ました。ロープに縛られて骨がきしむ音の様子など、監禁された人間の描写が普通にできるようになった(笑)。また国民という観点からすると、それこそ揺りかごの中から出てきたような、目覚めさせられた気分です。

 司法は私1人ではとても観察しきれない大きな組織なので、テレビや雑誌がもっと積極的に警察や検察という「面白い組織」をネタにしてくれないか、と。一般の国民も、1日留置場体験をしてみるとよいかもしれません。客観的に留置場をみれば、まさにアメージングワールド。日常生活では絶対に出会わないタイプの人に出会えます(笑)。

うぶかた・とう 小説家・アニメ脚本家。1977年生まれ。岐阜県出身。96年に『黒い季節』(角川書店)で第1回スニーカー大賞金賞を受賞し、デビュー。2003年に『マルドゥック・スクランブル』(講談社)で第24回日本SF大賞を受賞。10年に『天地明察』(角川書店)で第31回吉川英治文学新人賞、第7回本屋大賞、第4回舟橋聖一文学賞、第7回北東文芸賞を受賞。12年に『光圀伝』(同)で第3回山田風太郎賞を受賞。近著に、『十二人の死にたい子供たち』(文藝春秋)などがある。