父のような存在は、活動家たちに言わせれば明らかにプロレタリアート(労働者階級)だ。活動家たちと近い世代や同世代の労働者に対してさえ、共感が広がらなかった活動に何の意味があったのだろう。そして、同い年の巡査をリンチ殺人したことへの反省はあるのだろうか。ガソリンにまみれて倒れた相手に火炎瓶を投げつけて焼死させたという行為は、山岳キャンプで凄惨(せいさん)なリンチ事件を起こした日本赤軍の連中となんら変わらない。残虐非道であり、自らの持つ暴力性に政治思想をこじつけただけである。

1971年(昭和46年)11月14日に発生し、火炎瓶が飛び交った渋谷暴動事件=東京都渋谷区
1971年(昭和46年)11月14日に発生し、火炎瓶が飛び交った渋谷暴動事件=東京都渋谷区
 客観的に見て、これほどバカげた話はないと思う。60~70年代は大学どころか、家庭の事情で高校進学さえもできない人たちが多かったと聞く。NHKの連続テレビ小説『ひよっこ』で有村架純演じるヒロイン、谷田部みね子とその仲間たちのようにやむにやまれぬ事情で上京し、当たり前のように故郷の家族に仕送りをし、不景気で勤務先が倒産という憂き目に遭うなど、散々な思いをしながら高度経済成長を下から支えていた世代である。

 学歴偏重社会に生まれ、就職超氷河期を体験させられ、個性をとことん無視された私は今も一人で病身と戦い続けている。社会の矛盾に対し、「報復」をしても許されるとも思う。けれども、私たちは自制し、自己批判をし、あらゆる物事に懐疑的かつ慎重な態度を取る。そして、青田買い世代を上に、サカキバラ世代やゆとり世代を下に抱え、貧困の再生産と呼ばれる状況と世代間の隔絶。あるいは世代間冷戦の調停役として社会の矛盾、世代間の矛盾の間に立って耐えている。学歴社会で両親の果たせなかった夢を負わされ、ファミコン世代として将来訪れるデジタル社会の先駆けとなり、それが当然のものと考えて聞く耳を持たない世代をなだめる「損な役回り」だ。