1989年、ベルリンの壁崩壊を18歳で目の当たりにしたとき、「今まで共産主義を信奉していた人間は公の場で謝罪し、断筆しろ」と激しい怒りを感じた。いまだに共産主義の幻影とともにあり、暴力革命の方針を捨てず、慰安婦問題という「一大ファンタジー」を信じている人たちや組織とは何なのだろうと思う。彼らに言わせると大坂正明は権力に屈せず戦い抜いた「闘士」なのだろうか。

渋谷暴動事件で殉職した新潟県警の中村恒雄警部補の慰霊碑=6月6日午後、東京都渋谷区(春名中撮影)
渋谷暴動事件で殉職した新潟県警の中村恒雄警部補の
慰霊碑=6月6日午後、東京都渋谷区(春名中撮影)
 いや、そんな風には到底思えない。職務のため命を張った警察官こそが英雄であり、21歳の若さで命を落とした巡査と彼の家族を同情するばかりである。大坂正明は分別のつく年齢になっても、罪を償えなかった小さな人間としか思えない。とはいえ、でき得るなら彼にはそうでないと否定してほしい。一日も早く、自らの言葉で反省でも後悔でも居直りでも開き直りでも、その心の内にあるものを口にしてほしい。私はその言葉には誠実に向き合いたい。

 ただ、この殺人犯を半世紀近く逃げ回らせた日本の公安警察にも不信感を抱く。米国の「赤狩り」により左翼活動家を追い回すことで下級戦犯を免除された元特高警察たちは「狡兎死して走狗烹らる」(役割を終えた必要悪はいずれ社会によって裁かれる)ことへの不安、職務への後ろめたさからあえて見逃したのではないかとも疑う。そもそも左翼活動家に言質を与えたのは、戦前の特高警察だと言っても過言ではない。前述のように「言論の自由を最も尊い」と考える私は、特高警察こそが先の大戦のA級戦犯だったと思っている。そして、罪のない国民の命がカルト教団の思想で危機にさらされたオウム事件の時ですら、彼らは何の役にも立たなかった。それでいていまだ秘密主義やら独自捜査の権限を持つ。大坂さん、貴方が本当に火だるまにすべきだった相手は一巡査ではなく、彼らだったのではないですか? 時代の変遷により、いつしかなれ合いの関係に陥っていたことも、大坂正明の逃亡を後押ししていたのではないかと大いに危惧する。