二つの事柄とは国民皆兵制度と改暦だ。
 国民皆兵制度は武士から誇りを奪って士族反乱を数多く引き起こしたが、それに飽き足らず赤紙(召集令状)に庶民男子が恐れ戦く事態にした。「太平洋戦争」というありもしない虚構の戦争(当時の日本が戦っていたのは大東亜戦争)で多くの日本男児が赤紙のために散った。巨人の幻のエースで沢村賞のもとになった沢村栄治さえご多分に漏れなかった。日本人ならなにが起きても絶対に選択しないし、書くことさえおぞましい悪魔の制度だ。その赤紙の発案者が西郷だというのは事実だが、西郷英雄論の人はバカげているとわかっていても絶対に否定する。

 そして改暦である。これが中国、韓国との溝を決定的にした。暦は現代では単に「カレンダー」だと思われているが、陰陽五行説に基づく神聖なもので、扱うのは羽生結弦のおかげで野村萬斎の名演技が再注目された「陰陽師」たちのお仕事である。やたら滅多と変えられるものではなく、天皇家とお公家さんたちが持つ神聖な権利の一つだ。江戸幕府が大変な思いをして、当時の「大物たち」(保科正之や水戸光圀など)が大々的に支援し、渋川春海が日本独自の暦への改暦に成功するまでを描いたのが映画『天地明察』である。

 なんにせよ、旧暦と西暦(グレゴリウス暦)では「お正月」の定義さえ違う。ズレた恩恵もないことはないが、暦を変えたことで日本は「歴としたアジア諸国の一員」から西洋文明に毒され、アジアを後進地帯だと思う意識改革が進行し、挙げ句に戦後恨みを買いまくり、補償に追われる羽目になった。溝はいまだに埋まっていない。同じカレンダーで生きていないのだから無理もない。これについても西郷の留守内閣が決定した事項だ。十分な吟味も議論も尽くさずに、欧米諸国との関係性重視からあっさりグレゴリウス暦に切り替えたせいで「そもそもこの時期の出来事の順序がサッパリわからない」という事態にした。渋川春海も泣いているだろう。
大河ドラマ『西郷どん』の一場面
大河ドラマ『西郷どん』の一場面
 さらにもう一つが、西郷の政治生命さえも奪った「征韓論」である。言い出しっぺではないことはよく知られている。朝鮮半島にちょっかいを出すとロクなことにならないという歴史的教訓を西郷ほどに家康とナポレオンに傾倒した読書家が知らなかったはずがない。どうも天皇家にまとわり付く有象無象は国内に少し余裕ができると、太古の昔から祖先の地、朝鮮半島を我が手にという野心に目覚めるらしい。

 それがもとで中大兄皇子は外征反対派の蘇我氏を粛清して「白村江の戦い」に臨んで大敗。その後、遷都や国内改革に迫られて実施(大化の改新)した。そして、万葉集に「防人の歌」が載ることになった。防人とは要するに中国・韓国の逆襲侵略を恐れた皇子が任命した沿岸警備兵だ。「秋の田の~」で始まる百人一首のその句を詠んだ(とされる)天智天皇になった中大兄皇子の人気は急落。死後、義弟の大海人皇子(妻(後の持統天皇)は中大兄皇子の娘)と愛息子の大友皇子が皇位継承をめぐって「壬申の乱」になり、大友皇子は首吊り自殺して勝った方が天武天皇になった。表向き「万世一系」という天皇家の履歴に「?」がついたのもこのときだ。なにはともあれ大勢の犠牲を出す物騒な事態に陥り、息子どころか庶民の運命まで変えたのが朝鮮半島だった。