事件当日午後、土井さんの容態が急変。駆けつけた家族11人が見守る中、須田は、すでに相談を受けていた延命措置の中止尊厳死のため、気管内チューブを抜いた。しかし、患者が上体をのけぞらせてもがくという想定外の反応を見せたため、鎮静剤「ドルミカム」3アンプルを静脈注射した。

 その後も苦悶が収まらず、同僚医師の助言により筋弛緩剤「ミオブロック」投与を決定。須田本人が1アンプルを生理食塩水点滴バッグに溶かし、徐々に「尊厳死」へと向かわせた。これについて、須田は、「鎮静剤使用の延長線上の処置」とみなし、冒頭の「安楽死という認識ではない」ことを主張する。

◆4年後に事件化

 大倉山診療所は、大倉山駅から徒歩約10分の住宅地の中に挟まれていた。自転車で子供を乗せてくる母親や、マスクを付けた学生服姿の高校生、そして老人たちが次々と診療所を出入りしていた。

「あ、こちらへどうぞ」

 受付の係員に話しかけた後、須田が私を呼んだ。白衣を着た華奢な女性は、そのままそそくさと診察室に消え、私はその後を追った。

「なんかバタバタしていて、ごめんなさいね。メールも返さずになんだか……」

 この患者の数を見るだけで、彼女が多忙なのは判断できる。さっそく問いかけた。

川崎協同病院事件で殺人罪に問われた医師、須田セツ子氏
=2009年12月、横浜市港北区
川崎協同病院事件で殺人罪に問われた医師、須田セツ子氏
=2009年12月、横浜市港北区 
 川崎協同病院事件のお話なんですが。

 須田は、最後まで聞かず、返答は早口で長かった。質問は遮るが、言いたいことは、とことん言う。それが須田セツ子だ。彼女は、「安楽死の認識はない」と断言した上で、治療中止の曖昧さについて語り始めた。

「心肺停止で運ばれてきた患者を心臓マッサージや吸引をさせたりして蘇生を試みるけれど、それだって10分やる人と1時間やる人がいます。どこまで続けるか、手を離した瞬間が死亡時刻になってしまう」

 須田の話を聞いている最中、私は、スイスのプライシック女医の顔が、突然、浮かんできた。世代も近く、女性である部分が重なったのだろう。一方で、奇妙な感覚に襲われた。スイスの女医は、末期患者やそうでない患者に対し、年間に80人以上の死を幇助し、私に安楽死の仕事を堂々と語る。それに対し、須田は、一人の末期患者を楽にしようと、筋弛緩剤を使用したことで「殺人者」となり、こちらに所々慎重な口ぶりで話す。

 そもそも、筋弛緩剤とは、いつ、どんな時に使用されるのか。一般的には、手術の麻酔時に気管内挿管を行う際、筋肉を弛緩させるためにあるものだ。従って、日本の現状では、筋弛緩剤が延命治療中止目的で使われ、患者が死亡した場合、「異例事態」と見なされてしまう。本誌・SAPIO6月号でも紹介した京都市立京北病院事件でも、「レラキシン」という筋弛緩剤が使われ、末期患者が死亡した。当時、病院長だった山中祥弘も、「いかに早く患者を穏やかな表情にしてあげられるか」を考え、患者に投与している。須田もさらりと言う。

「宮下さんが見てこられたように、お薬を使ったり注射したりしてストンというような安楽死は、日本にはあり得ないでしょう」

 確かに、私が見てきた安楽死の薬は、青酸カリ系などの劇薬で、それをコップに入れて飲むか、点滴の中に投与すれば、数十秒で死に至る。まさにコロリと逝くのだ。