「平穏死」という言葉は石飛幸三医師の造語であるが、自然死ないし尊厳死と同義である。穏やかな最期を迎えるためにはいくつかの知識が要る。それは『「平穏死」10の条件』のなかで詳しく述べた。そして「平穏死」は在宅だけでなく、介護施設や療養病床でも可能になりつつある。

 話を戻そう。ディグニタスを見学した率直な感想は「欧米人はなぜこんなことをするのか。在宅医療も在宅緩和ケアも平穏死という概念もないんだ。日本は自宅で平穏死できるのに」であった。しかし橋田さんはわざわざそこに行って死にたい、と主張されている。私は「橋田さん、ちょっと待って。それは誤解。そんなことしなくても大丈夫!」と声をかけたい。たとえ天涯孤独な認知症でも最期まで人間の尊厳を保ったまま旅立てる国が日本である。いや、皮肉なことに家族がいないからこそ「必ず」それがかなうのである。もちろん介護保険制度の恩恵は必須条件である。

 13年前に造られた「認知症」という言葉は罪深い、と思う。それまでは「ボケ」であったものが「病気」に格上げされた途端に「抗認知症薬」の対象にもなった。あるいは有吉佐和子氏の『恍惚(こうこつ)の人』のイメージが強烈に焼き付いている。橋田さんに限らず、誰もがそれを極度に恐れる。自分が自分でなくなる前にこの世から消えてしまいたいという発想は、欧米人的な発想である。しかし、日本人はそもそも自分がなく、自己決定できない人が多い。実は、終末期医療における意思決定は家族が代理していることが大半で、「自分で決める」という人はわずか1~2%にすぎない。
脚本家の橋田壽賀子さん=2017年9月(宮崎瑞穂撮影)
脚本家の橋田壽賀子さん=2017年9月(宮崎瑞穂撮影)
 私が在宅で最期まで診ている認知症の人は、最期の日までなにかしら口から食べている。たとえ認知機能の指標であるミニメンタルテスト(MMSE、満点は30点)がゼロ点になっても、会話が可能なら意思表示もそれなりに可能である。たとえ口頭であっても自分の希望を表明できる。以上は『ばあちゃん、介護施設を間違えたらもっとボケるで!』(丸尾多重子氏との共著)や家族よ、ボケと闘うな!』(近藤誠氏との共著)のなかで繰り返し述べてきた。

 末期がんの平均在宅期間が1カ月半であることに比べて、認知症のそれは年単位に及ぶので臨床経過はかなり異なる。しかし適切なケアがあれば、最期まで食べられるしトイレでの排泄(はいせつ)もできる。要介護5になっても外国旅行も十分可能である。丸尾氏が主宰するNPO法人「つどい場さくらちゃん」は毎年、要介護5の認知症の人たちと沖縄や台湾を旅行している。私は「旅行療法」と呼んでいるが、外出することはとても大切だ。徐々に食べる量が減ってきても胃ろうは不要である。手づかみで食べれば、最期の最期まで自力で食べられることを「かいご楽会(がっかい)」などで丸尾氏とともに広く発信してきた。認知症とはピンピンコロリ(PPK)とはいかなくても、準PPKの病気である。しかし、認知症の自然経過を診る機会は少ない。

 橋田さんは認知症に対する不安や恐怖がとても大きいのだろう。人に迷惑をかけたくない、というから潔く優しい人だ。いずれにせよ「自分で自分が分からなくなる」「人に迷惑をかけるのでは」という恐怖は誰の頭の中にもある。しかし、多くの認知症の人を外来や在宅医療の現場で診ている町医者から見れば、大きな偏見であると言いたい。