中日時代にロッテの落合博満氏の1対4トレードを実現させ、中尾孝義氏-西本聖氏の同一リーグのライバル巨人とのトレードまでやってのけてきた星野氏は、有能なGM兼任監督だった。

 中日、阪神、楽天と、3球団で低迷したチーム再建に成功して優勝監督となっているが、いずれも本社やフロントを説き予算と決定権を握った上で自ら補強交渉に動いている。積極投資が勝利につながれば、確実な経済効果を生む、という資金力のあるメジャーのトップチームが採用していたスポーツマネジメントである。
 
 そして、半ば強引に見えた交渉哲学には「信義」があった。

「駆け引きはあかん。お互いが信義を示し、認めあうことができれば、後はどうにでもなる」

 その「信義」とは「選手の将来を考える」という譲れぬ信念でもあった。だから、来た人も去った人も、今、永眠した星野氏へ感謝をこめて惜別の思いを語るのである。

 結局、2002年オフ、星野阪神は、金本氏に加え、メジャーから伊良部秀輝氏を凱旋させ、後に“JFK”の一人になる左腕のジェフ・ウィリアムズを獲得、日ハムとの間で下柳剛氏、野口寿浩氏、中村豊氏対坪井智哉氏、山田勝彦氏、伊達昌司氏の大型トレードを成立させた。およそチームの3分の1となる26人もの人間を入れ替えたのだから、もはや別のチームに生まれ変わったと言ってよかった。

 星野氏の思惑通り、金本氏はフルイニング試合出場を続け「何があってもゲームを休まない」という、その姿勢は阪神に蔓延していた「どこが痛い、あそこが痛い」ですぐにトレーナー室に駆け込むという“悪習”を撲滅した。試合後にバットスイングとフィジカルトレーニングを終えてから帰宅するという金本氏のライフスタイルを赤星憲広氏らの若手が見習うようになり、チームの空気は一変した。星野氏が、放り込んだ金本という“劇薬”がチームに見事な化学反応を起こしたのである。
星野仙一氏の訃報を受けて取材に応じた阪神の金本監督。球団事務所に飾られた星野氏の胴上げ写真を見つめていた=2018年1月6日、兵庫県西宮市
星野仙一氏の訃報を受けて取材に応じた阪神の金本監督。球団事務所に飾られた星野氏の胴上げ写真を見つめていた=2018年1月6日、兵庫県西宮市
 この年、阪神は18年ぶりにリーグ優勝した。
 
 昨年12月に大阪で行われた「殿堂入りを祝う会」で星野氏は、「生きているうちに阪神と楽天の日本シリーズを見たい」と言った。監督就任と同時に“超改革”を掲げて3年目に突入する金本監督の胸の内には、星野氏が行ったチーム改革がイメージとしてあるのだろう。

 星野氏への追悼コメントを残すために球団事務所を訪れた金本監督は、2003年に甲子園で胴上げされている星野氏の写真パネルを長い時間、ずっと見つめていたという。
(文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)