松坂は、甲子園のカリスマであり、日米での輝かしい実績がある。そして、常に野球に対して懸命な姿勢を貫いてきた。森繁和監督はじめ、中日スタッフに西武時代の恩人や仲間が多く、彼らに松坂自身が信頼されていることがチャンスを得た大きな要因だろう。

 もう一つ、投手と内野手の差もある。どの球団も、投手には多くの枠を割いている。内野のポジションは4つもあるのに、内野手は投手より少ない。松坂がもしまた登板できなくても、登板して大活躍する可能性のために一人確保できるポジションなのだ。

高校野球第3回アジアAAA野球選手権大会結団式。日本選抜チームに選ばれた投手陣。前列左から松坂大輔(横浜)、寺本四郎(明徳義塾)、久保康友(関大一) 後列左から 新垣渚(沖縄水産)・村田修一(東複岡)・杉内俊哉(鹿児島実)・上重聡(PL学園)=平成10年8月撮影
高校野球第3回アジアAAA野球選手権大会結団式。日本選抜チームに選ばれた投手陣。前列左から松坂大輔(横浜)、寺本四郎(明徳義塾)、久保康友(関大一) 後列左から 新垣渚(沖縄水産)・村田修一(東複岡)・杉内俊哉(鹿児島実)・上重聡(PL学園)=平成10年8月撮影
 実は高校時代、村田もエース投手だった。甲子園で快投を演じる松坂を見て、投手としてはまったく松坂にかなわないと判断し、進学した日大で打者に専念したという。

 松坂は、打撃でも超一流の才能の持ち主だった。私はこれまでにも、松坂が投手として活躍した後、早い時期に打者転向を図ればと提言してきた。ちょうど、レッドソックスからヤンキースに移籍するタイミングで打者に転向し、ホームラン王として英雄になったベーブ・ルースのように。そうすれば、ここ数年のような苦しみを味わうことはなかったかもしれない。とはいえ、村田同様に肩を叩かれていた可能性だってある。投手だったからこそ、今があるとすれば、松坂の執着は結果的に身を助けたとも言える。

 さらに、村田の去就が決まらない現実から浮かび上がって来るのは、「プロ野球で活躍できるレベルの人材は余っている」という事実だ。

 昨季は、巨人でなかなか輝けなかった大田泰示が、日本ハムに移籍した途端、水を得た魚のように打ち、レギュラーとして活躍した。私見だが、なぜ日本のプロ野球は球団増を模索しないのか、不思議でならない。

 サッカーの例を見れば分かりやすい。「この本拠地でお客さんが本当に集まるのか」と思うような地域でも、苦労はしながら根を生やし、花を咲かせている。各地の努力はサッカーの地道な普及にもつながっている。新球団の話が出ると決まって「レベルの低下」という、もっともらしい反対意見が出るが、それはもう却下して、各都道府県に一つずつ創るくらいの意気込みで、新しいビジョンを真剣に議論し、実現に向かう時期に来ていると思う。

 「村田を救うために」とは言わないが、村田のような、まだまだやれる選手がいるのだから、その人材、資産を無駄にする余裕など、人気低迷が加速する今の野球界にはないはずだ。