日本ではスキャンダル報道の対象が炎上することはあっても、報道機関や組織に批判の目が向けられることは少なかった。しかし、今回の小室哲哉氏「不倫疑惑報道」に際して、1月17日に『週刊文春』の公式ツイッターアカウント「文春砲」から投稿されたエントリーに対しては、4000件以上のリプライがあり、その多くが「廃刊しろ」「心がない」「ほんとに不愉快」「調子に乗りすぎ」といった批判で占められた。さらにツイッター上では、「#文春不買運動」「#文春を許さない」「#文春廃刊」などのハッシュタグまで登場し、バッシングの波が起きている。

 表面的にみれば、今回の小室氏の騒動が他の文春砲と違うのは

・不倫疑惑の裏にある介護の大変さが明らかになったこと
・小室氏の会見が発言内容も含めてふびんに見えたこと
・対象となっている小室氏が「引退」という形で引責したこと

に起因して、同情や共感を買いやすい対象になったことである。

文藝春秋の本館ビル(山崎冬紘撮影)
 「小室氏は批判に値する対象だ」という認識は少なくなり、世間の攻撃先は文春に向けられた。攻撃はネット上での批判という形で具現化され、時にストレスのはけ口となったり、「かわいそうな小室さん」を擁護する正義感の表れとなったり、前述のように自分を慰めたり、不安を下げることにつながっている。

 しかし一方で、「介護しているからといって不倫してよいわけではない」とか「芸能活動『引退』といってもこれまでと何が変わるかが分からない」とか「会見で同情を買おうとしている」などといった小室氏に対する批判の声も少なからずあり、これはそれまでの文春砲の対象に向けられる視線と遜色ない。

 私自身は、これまで別メディアで小室氏自身の心理にも言及してきたが、加えてお相手とされる看護師の女性には苦言を呈したい。看護師や、われわれのような臨床心理士もそうだが、医療や相談、カウンセリングに関わる対人援助職の多くは、患者やクライアントが悩みや不安を抱えたり、心身が弱っているときに仕事を通して接することがほとんどである。

 そのような関係性の中では、患者からの好意を持たれやすいことはプロフェッショナルならば誰もが認識しているはずだ。そこには一線を引いて対応しなければならないというのは基本中の基本であり、常に留意しておかなければいけないところでもある。

 もちろん、プライベートな関係性につながる人と人との出会いにもなりうることは否定しない。しかし、もし仮に看護師自身が患者に好意を抱いてしまったならば、担当を外れることが定石であり、それができなかった彼女は「プロ失格」と言われても反論の余地はないであろう。