以上のことから鑑(かんが)みるに、今回の相撲協会理事選挙も同じように派閥抗争があったようである。体制派の筆頭である八角理事長に、反旗を翻した貴乃花親方という構図は分かりやすいが、水面下ではさまざまな駆け引きがあったことは想像に難くない。

 むろん派閥同士の争いは、メディア操作も意識する。かつては怪文書が主流だったが、今の時代はSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)もある。どのようにメディアを利用するか、その戦術も頭にはあっただろう。春日野部屋の暴行事件隠蔽(いんぺい)も、なぜこのタイミングだったのか、誰もが思うところはあったのではないか。

 こうした暴露合戦は、スポーツ団体では起こりやすい。JOCの場合、理事選出の際にはプロジェクトチームが組まれて、ある意味大っぴらに「根回し」が行われるが、大相撲にはこうしたプロセスがないので、メディアを利用した暴露合戦が散見される。テレビのワイドショーなどでは、理事が立候補演説などで自分の施策を述べれば、投票がしやすいという趣旨の発言をするコメンテーターもいたが、スポーツ界は「論理」よりも「好きか嫌いか」で左右される世界である。
2018年1月、報道陣に囲まれる大砂嵐(右から2人目)=東京・両国国技館
2018年1月、報道陣に囲まれる大砂嵐(右から2人目)=東京・両国国技館
 「貴乃花親方の理念についていく!」ではなく、それが正しいかどうかでもなく、結局は親方が好きだから投票するのである。それがスポーツ界の派閥が形成される「第一原理」であるとも言える。大相撲全体のことを考えれば、必ずしもライバルの弱点を暴露することが良い方向に行くとは思わないが、この派閥争いに勝つための手段として、好きな親方のために悪手を選ばざるを得ない場合もあるのだろう。

 混迷を深める大相撲であるが、もっと大きな問題はこれだけ不祥事があっても満員御礼が続いているという事実である。つまり、どんなに不祥事が発覚しようと、相撲は大多数の国民に受け入れられている。だから「事なかれ」でいいという結論になってしまう。とはいえ、健全なスポーツとして大相撲を普及させるという観点からみれば、今の状況が望ましいとは言えない。

 この問題の核心は管理運営(アドミニストレーション)に対するプロフェッショナリズムの欠如にあると言える。大相撲の運営は、ある意味スポーツの理想形かもしれないが、引退した力士(年寄)が協会の仕事に就いて運営する形式である。確かに相撲のプロではあったかもしれないが、実際の運営能力についてはどうであろうか。
 
 五輪関係組織の場合、役員と職員のバランスを保つことが肝心となる。例えば、体協職員は日本のスポーツ振興を担う唯一無二の組織であり、プロフェッショナルとしてその実務に使命をもって臨まなければならない。JOC職員はオリンピック運動普及を担う唯一無二のプロフェッショナルとして邁進(まいしん)しなければならない。それぞれの役員は、プロである職員の用意したシナリオを理解し、それを実行すべく会議で発言し、公の場で行動に移していく。