もうひとつの原因が「社会の空気」です。山本七平は、著書『空気の研究』で日本は空気に支配されていると看破しましたが、教育政策でも特に空気が強い力を持つようです。ここでは、荒唐無稽なゆとり教育批判を簡単に振り返ることで、いかに日本の教育政策が空気に左右されるかを見ていきたいと思います。

 まずは教育政策に大きな影響を与えた「PISAショック」を振り返ります。PISAショックとは、経済協力開発機構(OECD)が世界の15歳を対象に実施した学習到達度調査(PISA)の順位が、2003年に大きく低下した現象を指します。2003年はゆとり教育が始まって間もないこともあり、ゆとり教育のせいで学力が低下したとする論調が支配的になりました。また、「脱ゆとり」の方針を鮮明にした後に実施した2012年度の調査結果が好転した際に、文部科学省が脱ゆとりの成果であると強調し、改めてゆとり教育が学力低下をもたらしたとする印象を社会に広めました。

 しかし、ジャーナリストの池上彰氏も主張しているように、この結果からゆとり教育を批判するのは無理があります。ゆとり教育の象徴とも言える総合学習が段階的に導入されたのは2000年度からであり、教科書の内容が3割削減されたのが2002年度からです。つまり、PISAショックが起きた2003年の調査に参加した子供たちは、ほぼゆとり教育を受けていません。

 また、結果が好転したとされる2012年にPISAを受けた世代は、小学校ではすべてゆとり教育を受け、中学校では脱ゆとり教育への移行期間中でした。移行期間では数学・理科の一部前倒しなどの変化があったものの、中学校の総授業時間はゆとり教育の時と全く同じなので、ほぼゆとり教育しか受けていない世代となります。脱ゆとりの成果などと、どうやっても言えないはずです。
東京・霞が関の合同庁舎に掲げられた文部科学省の看板=2017年1月撮影
東京・霞が関の合同庁舎に掲げられた文部科学省の看板=2017年1月撮影
 確かに、統計学のような専門的な知識を使って検証しているわけではありません。でも、ゆとり教育と脱ゆとり教育の導入時期を知っていれば、ごく簡単に理解できることです。しかし、国民のみならず、教育政策のエキスパートであるはずの文科省でさえ「ゆとり教育のせいで学力が低下した」とする空気に従ってしまったのです。