和田秀樹(精神科医)

 2020年度(21年春施行)から大学の大胆な入試改革を断行する方向性が事実上決定している。

 14年12月22日に中央教育審議会から出された高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」(以下「答申」)が出され、さらに16年3月31日に、この答申を具体的にどういう形で実現するかについての文部科学省の諮問会議である「高大接続システム改革会議」が最終報告(以下「最終報告」)を公表した。

 ただ、センター試験を記述式にすることにせよ、大学の二次試験に面接や小論文、そして高校時代の調査書などを加味することや、総合的な判断を経た入試を勧めるなど、一見、美辞麗句(びじれいく)が並ぶ。そのためなのか、これについては反対する声が少ないどころか、私がゆとり教育反対運動をやっていた時と比べ物にならないぐらい、その対策に追われる教育産業の人たちを除くと、世間の反響が驚くほど少ない。

 実は、私はこの危険性を説くために『受験学力』(集英社新書)という本を書いた。出足は好調だったが、その後は、残念ながらヒットと言える状態ではなかった。ということで、今回は、この改革がいかに日本の受験生の学力とメンタルヘルスに危険な影響を与えかねないことを改めて知らしめたく、ペンを取らせていただいた。

 今回の入試改革は、旧来型の知識の詰め込みを否定し、もっと思考力や判断力や表現力を鍛え、それを反映するような入試に変えていこうという趣旨のものである。ただ、これは世界のトレンドに反している。世界の教育の基本的なトレンドは、初等中等教育では、基礎学力のレベルを上げることである。

 そこでは公文式のような形で、計算のトレーニングをしっかりするとか、これまで以上に多くのことを覚えさせる、日本で「詰め込み教育」と批判されるような形のものが主流となっている。アメリカやイギリス、そして東南アジア諸国でも、初等中等教育改革の手本は日本だったのだ。

 その背景にあるのは、1960~80年代の自由化教育の失敗がある。アメリカの哲学者、ジョン・デューイなどの「子ども中心主義」や、ハリー・ハーローなどの教育心理学者による内発的動機論(アメとムチでなく、自発性を重視する教育論)、あるいはベトナム反戦やヒッピー文化のような自由を重んじる気風を背景に、強制力を極力排し、生徒のやりたいことをやらせる教育が一世を風靡(ふうび)した。

 もちろん、この世代の教育を受けた人たちの中からかなりの数のITオタクが生まれ、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズのような起業家が生まれたのだが、一方で、一般学生については深刻な学力低下が生じた。
ビル・ゲイツ氏
ビル・ゲイツ氏
 アメリカでは、81年にロナルド・レーガン氏が大統領に就任した際、全国の学校で学力調査が行われた。結果は惨憺(さんたん)たるもので、「17才のアメリカ人の約13%が機能的に文盲 (まともに読み書きができない)であることがわかった」、「17才のアメリカ人の40%近くは文章題からの推論ができない(要するに文章題を数式にできない)し、説得力のある論文の書けるのは五分の一にすぎない」といったものだった。

 この報告書は83年に『危機に立つ国家』というタイトルで刊行され、3500万部も売れたという。また、この時期に欧米諸国で、生徒の自殺も2~3倍に急増、その一方で、当時受験競争が厳しかった日本だけ自殺が減ったのだ。

 以降、アメリカはアメとムチを重視し、また日本に見習った「詰め込み教育」を奨励する(アメリカの場合、教育政策は地方自治に任されている)方向になり、同様に深刻な学力低下に見舞われていたイギリスでも当時の国際学力調査が一位で、高度成長を成し遂げていた日本を手本にした教育改革が行われた。この方向性は今もって変わっていない。