長田渚左(ノンフィクション作家)

 羽生結弦のショートプログラム(SP)を見たとき、本当に心の底から驚いた。

 別次元だったからだ。その完成度の高さは揺るぎないどころか、ひょっとして羽生結弦という人間は二人いたのではないかとさえ感じたほどだった。
男子SPの演技を終え、歓声に応える羽生結弦=2018年2月16日、江陵(共同)
男子SPの演技を終え、歓声に応える羽生結弦=2018年2月16日、江陵(共同)
 大怪我をしてリハビリをしていた羽生と、もう一人はひたすらこの4カ月、技を磨き続けていた別の羽生…。

 この日の彼はそれほど自信に満ち、完璧なジャンプを次々跳んだ。

 その完璧なスケーティングは、彼の後に続くメダル候補たちへ余波となり、次々とミスを生じさせてしまうようにさえ見えた。

 圧巻の演技の後、アナウンサーが聞いた。

 「どうしてここまで揺るぎのない完璧なスケートができたのでしょうか」

 羽生は柔らかな微笑のままに答えた。

 「オリンピック(という舞台)を知っています。元(ソチ五輪)のチャンピオンでしたから」

 その言葉は、異なる次元の自信を口にしたように思えた。

 あの言葉は、こんな風に訳すことができないだろうか。「以前は雲の中しか歩けなかったのですが、今は海の上も歩けるようになっています」

 改めて言うが、大怪我をして平昌五輪出場が危ぶまれた羽生は、もう一人の羽生のことだったのだろう。

 少しの不安もなく、何の問題も抱えていないどころか、試合に出たくて仕方のない羽生が今、氷上にいることは間違いない。

 以前、彼と同じようにとんでもない自信を見せ、本番でとびきりの強さを見せたアスリートを取材したことがある。

 アテネ、北京と五輪二大会連続で金メダルを獲得した競泳の北島康介である。