藤井靖(明星大学心理学部准教授、臨床心理士)

 まさに完璧な演技だった。羽生結弦選手の繊細かつ大胆な演技の裏に、心理的な強さを垣間見た。

 もちろん今回の結果は、われわれフィギュアスケートの門外漢にはイメージし得ないほどの厳しいトレーニングと、大けがからの復帰をかけるプレッシャーと常に戦う日々を積み重ねてきた結晶であることは自明の理である。

 しかし、世界におけるトップ・オブ・トップの戦いの中では、技術の高さはもとより、いわゆる「本番に強い・弱い」、「大舞台に強い・弱い」といった違いが結果に影響することは想像に難くない。
男子SPの演技を終え、歓声に応える羽生結弦=江陵(共同)
男子SPの演技を終え、歓声に応える羽生結弦=江陵(共同)
 そのため、多くのプロスポーツ選手はメンタルコーチを帯同させるなど、メンタルコンディションの管理は、もはや目標を達成するための当たり前の準備として認知されている。

 羽生選手は今回、まさに「本番に強く、大舞台に強い」を強靱(きょうじん)な精神力をもって体現した。彼の心理的な強さはどこにあるのだろうか。これまでの言動や振る舞いから、その要素を探ってみたい。

 一つは、「精神的な孤独力」のように思える。

 現代における彼と同世代の青年の友人関係をみると、自分が必要だと思った以上に深く人間関係を築こうとしないが、一方で自分だけが孤立することを恐れるが故に、「なんとなく群れる」傾向が認められる。つまり、自分の周りには誰もいない、という状況よりは、それほど親しいとはいえない友人であっても身近に誰かがいる状況を求める傾向にあるのだ。

 これは、対人関係における他者との適切な距離感をつかむことの苦手さともいえ、現代型うつ(非定型うつ)や社会的ひきこもりの一因とも考えられている。

 当然のことながら、人間は社会的な動物であり、人と交わりながら、協力しながら、時に支えあいながら生きている。そのため、他者の存在を求めるという心理は至極当然ともいえる。

 一方で、人間関係に疲れたり、自分への期待感に押しつぶされそうになったり、他者に対するマイナスの感情に心が支配されることもある。それが、仕事でのパフォーマンス発揮や課題克服の妨げにもなりうる。