とりわけ羽生選手のように超有名で、ましてや前回五輪のディフェンディングチャンピオンともなると、周囲からの期待が時に重圧になったり、他者からの批判やねたみの声が聞こえてくることもあるだろう。さらにいえば、今回は直前にけがを負って練習ができない時期もあった。その時の雑音は相当なものであっただろう。

 こうした際に自分を支える一つの要素は、英国の精神科医、ドナルド・ウィニコットが言及した「一人でいられる能力」である。羽生選手のこれまでの「自分について語る姿」から、この力がしっかり備わっているように感じられるのだ。

 「一人でいられる能力」とは、実際に社会的に孤立していることを指しているのではない。誰かと一緒に過ごしながらも、自分と他人とを違う「個」として受け入れ、自分の中で区別したり、他者との心理的距離感を適切に保った状態である。
フィギュア男子SP、演技を終えた羽生結弦のもとには無数のくまのプーさん人形が投げ込まれた=江陵(松永渉平撮影)
フィギュア男子SP、演技を終えた羽生結弦のもとには無数のくまのプーさん人形が投げ込まれた=江陵(松永渉平撮影)
 この能力が高いと、周囲の雑音はそれはそれとして距離を保ったり、自分が目標を達成するために他者の助言を受け入れながらも、常に自分の物差しで物事を考えていくことができる。そのプロセスは、氷上でたった一人で最初から最後まで演技を完結することには当然プラスに働くのではないかと考えられる。

 なお、「一人でいられる能力」の高さは、5歳までの親の育て方に起因すると考えられている。その意味では、今回の結果は羽生選手の養育者(父母などの家族)の成果ともいえるのかもしれない。

 二つ目は「マインドフルな心の状態」を作る力である。

 これは、「今自分がやるべきこと」に、限りなく100%に近く意識を集中できる能力である。人間は誰しも、過去と未来を抱えながら「今」を生きている。しかし、プレッシャーがかかる場面や緊張する状況においては、過去や未来のことに意識が及ぶことが多い。

 例えば、会議の前に「あー、こないだの会議でプレゼン失敗しちゃったな…」とつい考えてしまうのは過去へ意識が及んだ状態であるし、大事な面接の前に「うまく受け答えができなかったらどうしよう…」という思考が頭を支配してしまうのは、未来に関する不安が高まった状態といえる。