加谷珪一(経済評論家)

 楽天が携帯電話事業への参入を表明した。このところ楽天に関して目立った話題がなかっただけに、久々に世間の注目を浴びることになった。

 携帯電話は大手3社による寡占市場であり、楽天の参入はこうした状況に風穴を開ける可能性がある。同社の三木谷浩史会長兼社長は、政府に対して規制緩和や自由競争を強く働きかけてきた起業家であり、今回の決断は三木谷氏の本領発揮といったところかもしれない。

 一方で、同氏についてはベンチャー起業家としてのアグレッシブさが薄れてきたと見る向きもある。ライバルであるアマゾンが次々と野心的なサービスを打ち出しているのに対して、楽天にはそうした動きがほとんど見られず、保守的な傾向を強めているからだ。

 果たして三木谷氏は、社会を変えるイノベーターなのか、それとも保守的で堅実な事業家なのか、同氏の立ち位置について探った。

 説明するまでもなく三木谷氏は、日本を代表するベンチャー起業家の一人である。だが三木谷氏にはイノベーティブな起業家という顔だけでなく、エリート銀行マンとしての顔、さらには典型的なMBA(経営学修士号)ホルダーとしての顔もある。一種、相容れない三つの顔を併せ持っていることは、同氏を理解する重要なカギとなるはずだ。
楽天の三木谷浩史会長兼社長
楽天の三木谷浩史会長兼社長
 三木谷氏は一橋大学卒業後、日本興業銀行(興銀)に入行し、エリート銀行マンとしてビジネスのキャリアをスタートさせた。

 興銀は後に、みずほフィナンシャル・グループ入りしたことで、その名が消えてしまったが、日本の金融システムの中核となる銀行であった。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)と共に、戦後復興や高度成長を支えた一種の国策銀行であり、よい意味でも悪い意味でも、護送船団方式と呼ばれた日本型金融行政の象徴といってよい。

 三木谷氏が入行したのは1988年だが、当時は、同行の元頭取で財界の鞍馬天狗と呼ばれた中山素平氏が存命だった。若い読者の方はピンとこないかもしれないが、中山氏は戦後を通じてカリスマ銀行家と畏怖された人物であり、バブル崩壊で大きな痛手を被ったとはいえ「興銀神話」がまだ健在だった。

 あくまで一般論だが、こうした背景から興銀マンというのは総じて特別なエリート意識を持っていることが多い(その是非は別として)。三木谷氏も例外ではないはずで、興銀マンとしての経験は確実に氏の言動に影響を与えているはずだ。

 同氏はその後、ハーバード大学経営大学院でMBA(経営学修士号)を取得したが、その時の体験が起業を志すきっかけになったといわれている。