ゲームは2対1で楽天が1点リードという展開。孫氏はテレビで試合をちらちら見ながら、VIPルームで打ち合わせをしていた。6回、無死二塁、三塁。バッターは主将の小久保裕紀。私が孫氏に「チャンスですよ」と声をかけると部屋から外のVIP席に出て行き、身を乗り出した。社員が孫氏を見つけてざわつき、歓声が沸き起こった。

 そして、歓声は歓喜に変わった。小久保が激励に応え、高めスライダーをすくい上げた。バットを高々と放り投げるフィニッシュが、劇的弾を確信させた。逆転6号3ラン。孫氏はこぶしを突き上げた。IT決戦は、6対2でソフトバンクが制した。

 その後、孫氏は三木谷氏に言ったように、2011年11月の経団連理事会で当時の米倉弘昌会長とエネルギー政策に関して大バトルを演じた。

 孫氏の意見は無視された。理事会で隣席に座っていた私に、憤懣(ふんまん)やるかたないと「会場を出よう」と経団連脱退を示唆した。だが、「辞めてしまってはそれで終わりです。議論はこれからです」との私の諌(いさ)める言葉に思いとどまった。

 徳川家康、北条政子が座右の書とした「貞観政要(じょうがんせいよう)」に「主、過ちを知らんと欲すれば、必ず忠臣による」とある。

 トップが自らの過ちを知ろうとすれば必ず忠臣の諫言(かんげん)を大切にしなければならないという意味である。孫氏は「ワンマン」のように思われがちだが、実は人の意見によく耳を傾ける経営者である。
 
 孫氏は定款も変更し、エネルギー事業に参入。風力発電、太陽光発電をモンゴル、ゴビ砂漠で行い、日本、アジアに送電する「アジア・スーパーグリッド構想」をロシア、中国、韓国などと進めている。

 構想を通じて、ロシアのプーチン大統領との関係も深くなった。2016年12月、プーチン大統領が経団連を訪問したとき、肩を抱き合って二人で話したことが話題になった。現在もソフトバンクは経団連に加盟したままである。

 明末の学者、呂新吾が著した人間錬磨の書『呻吟語』に「深沈重厚(しんちんこうじゅう)は是れ第一等の資質。磊落豪雄(らいらくごうゆう)は是れ第二等の資質。聡明才弁は是れ第三等の資質」とある。

 見た目には深く沈潜して静かに見えるのだが、厚み重みがあるというのは人間として第一等の資質である。

 石がごろごろしているように、線が太く「ちょっとした違いは誤差」と言って、物事にこだわらず器量があるというのが第二等の資質。頭が良くて才があり、弁が立つというのは第三等の資質であるという意味である。

 30年前に、松下政経塾で直接教えていただいた松下幸之助氏はまさに、この第一等の深沈重厚の魅力を持っておられたように思う。

ソフトバンクグループの3月期決算説明会で説明する孫正義社長
=)2017年 5月10日、東京都中央区
ソフトバンクグループの3月期決算説明会で説明する孫正義社長=2017年5月10日、東京都中央区
 孫氏は磊落豪雄の魅力である。2006年3月、携帯電話事業にボーダフォンを買収することによって参入した。売上高1・1兆円の企業が1・75兆円の買収をレバレッジド・バイアウト(株式と借入金を戦略的に組み合わせた企業買収)で行うというまさに社運をかけた買収であった。

 今から考えると想像しにくいが、当時は「携帯電話はすでに飽和状態」「今からでは遅すぎる」と言われた。

 会議上、不安を隠しきれないソフトバンク幹部に孫氏が口を開いた。

 「携帯電話事業に参入する限り、ナンバー1を狙う。大変な戦いだが、10年もかければ戦えない戦いではない」

 そういった後、一呼吸をおいて言った。

 「だいたい、考えても見ろ。何万軒もある蕎麦屋と三社しかない携帯電話でトップになるのはどちらが難しいと思う。三社しかない方に決まっているじゃないか」

 会議室に集まった幹部に笑みが漏れた。理論的にきちんと考えるとどこかおかしいと思うのだが、そんなことは誤差と笑い飛ばしてしまう豪放磊落(らいらく)なところが孫氏にはある。