國重惇史(元楽天副会長)

 そのとき、私は住銀(住友銀行)の取締役日本橋支店長。三木谷浩史は、天下の興銀(日本興業銀行)のどこかの部のM&A(企業の合併・買収)アドバイザーだった。

 私たちの仲を取り持った形になったのは、TSUTAYAを運営する「CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)」社長、増田宗昭(当時)。当時の興銀は、CCCのメーンバンクであり、東京支店が担当していた。支店長は後にみずほコーポレート銀行の頭取になった斎藤宏だ。私は当時、CCCを新規貸金先候補として、勧誘していた。その過程でCCCがディレクTVに肩入れしていることを知った。ディレクTVはその頃、衛星放送としては世界一であり、増田はそれを極東島国の本屋の親爺が行うことに暗い情念を持っていたのだ。

記者会見に臨む三木谷浩史・楽天社長(左)と国重惇史・楽天副社長※当時=2005年10月13日、 東京・港区赤坂
記者会見に臨む三木谷浩史・楽天社長(左)と国重惇史・楽天副社長※当時=2005年10月13日、 東京・港区赤坂
 CCCはそれでも頑張った。日本には、ディレクTVとJスカイBという欧米の二大勢力があったのだが、サービス開始からわずか2年後の2000年に両社は統合する。そして現在の「スカパー!」になるわけだが、チャンネルもコンテンツも、さらには業者も一緒なので、やむを得なかった。三木谷はその中で着々と力をつけていく。1998年当時、まだ30歳。その時の縁を元に三木谷は、増田を頼るようになっていった。それが、今や楽天スーパーポイントとTポイント陣営に分かれて、血で血を洗う抗争をしている。私は、もったいないと思う。もし両社のカードが一本化できれば、日本で唯一のポイントカードが誕生したからだ。全国統一、統合するなら、今でもこれが一番いい方法だと思っている。

 2003年7月14日、CCC社長の増田が呼びかけ人になって、人材派遣会社「ザ・アール」社長、奥谷禮子の出版記念パーティーが東京・浜松町のインターコンチネンタルホテルで開かれた。当時、DLJディレクトSFG証券社長だった私にも招待状が来た。さて、パーティーの当日、会場へ向かう途中に読んだ雑誌『エコノミスト』の巻頭言に三木谷が載っていた。髭(ひげ)を生やした三木谷の写真とポイントプログラムを導入することにしたという記事だった。パーティーには、三木谷もいた。やはり髭を生やしている。

 私が「どうしたの? 三木谷さん、髭なんて生やしちゃって」と言ったら、彼は言った。
 「いや、ほんの気まぐれですよ」。

 「エコノミストによるとポイントを入れるらしいじゃない。DLJディレクト証券もシャビーだけどポイントプログラムを持っているんだよ。DLJポイントと楽天スーパーポイントの交換しようよ」と提案すると、三木谷は「良いですね」と答えた。

 「じゃあ、近いうちにお邪魔して、その辺を打ち合わせしよう」ということで、その場は終わった。

 翌朝、私の秘書に「三木谷さんのアポを申し込んでくれる?」と言ったが、なかなかアポが入らない。ちょうど、楽天が東京・中目黒から六本木ヒルズに引っ越したばかりだった。それもあって、当初は「忙しいのかな?」と私も思っていたが、時間がたつにつれ、いい加減な話だが、すっかり忘れていた。