10月に入ったとき、私の秘書が「三木谷さんのアポが取れました」と言ってきた。

 「なにそれ? 何のアポ?」と聞き返したくらいだった。案件は、それほど重要でもなかったのである。

 DLJポイントというのは、あるにはあったが、それこそシャビー(みすぼらしい)なポイントで、活用している人はほとんどいなかった。一方の楽天スーパーポイントは、まだ始まったばかりだったが、将来日本のポイント制度を代表する可能性も秘めていた。

プロ野球「臨時オーナー会議」でオリックス・宮内義彦オーナーと談笑する
楽天・三木谷浩史オーナー(右)=2004年12月、新高輪プリンスホテル
プロ野球「臨時オーナー会議」でオリックス・宮内義彦オーナーと談笑する 楽天・三木谷浩史オーナー(右)=2004年12月、新高輪プリンスホテル
 後に聞いた話によると、三木谷はこのポイントプログラムを入れるべきかどうかでハーバード大学院の恩師にまで相談したそうである。それくらい気合を入れたプログラムだった。

 「会わなくてもいいか」と思ったのだが、それでも三木谷に会いに行った。一つには、出来上がったばかりの六本木ヒルズを見たいというのもあった。当時のDLJ証券のオフィスのあった神保町から楽天のある六本木までは少し遠かった。わざわざ会ってポイント交換の案件を話したけれど、三木谷は全く関心を示さなかった。途中から、あくびを連発する始末である。

 私が社長をしていたDLJディレクト証券は当時、売りに出ていた。株の100%をどこかに売却するという計画である。

 「ところで、三木谷さん、うちの会社買わない?」と言ってみた。あまりに手持ち無沙汰なので、もちろん冗談のつもりだった。

 ところが、それまでは眠そうにしていた三木谷がガバッと起き上がって、
 「えっ、売るんですか?」と聞いてきた。

 「そうなんですよ。ビッド(入札)のプロセスが走っていて、今月末が期限なんですよ」
 「買いたい。どうしても買いたい。西川(善文)さんに会わせてほしい」
 三木谷が言う。ビッドの期限は10月末で、決済が11月末だった。時間がなかった。

 当時、DLJディレクト証券の株主は、アメリカのDLJが50%、日本の住友金融グループが50%となっていた。アメリカの投資銀行のDLJは出資後、身売りをして同じ投資銀行のCSFBと一緒になっていた。その結果、親会社のDLJdirect証券も、CSFBdirect証券と名前を変えていた。そのCSFBがリテール部門から撤退するという。リテール証券部門は、次々と売られていった。親会社のCSFBdirect証券もカナダのネット証券に買われ、「Harris direct証券」と名前を変えた。

 一方の住友金融グループは、三井住友銀行、住友信託銀行、住友生命、住友商事、三井住友海上、大和証券、それに仲人役としてインターネットイニシアティブ(IIJ)が入っていた。各社5%の出資で、三井住友銀行だけが約20%持っていた。今でも覚えているのは、住友信託銀行に行った時の話である。もう相手が誰かも忘れてしまったが、帰りにエレベーターまで送ってもらったとき、住友信託銀行の人が「後であれが住友金融グループの最初の仕事だったね、と言われることがあるかも知れませんね」と言った。

 住友銀行と住友信託銀行は、昔から仲が悪いのだが、この時は三井住友銀行頭取の西川善文と住友信託銀行頭取の高橋温が個人的に親しく、ひょっとしたら両行は同じグループ会社として同じ夢を見ることができるのではないかと思われていた。