熊谷徹(在独ジャーナリスト)

 私はNHKの記者として8年間働いた後、1990年以来ドイツで28年間働いている。今、日本で問題になっている「時短ハラスメント」は、ドイツではあり得ない。その理由は、法律によって労働者が守られている上に、長時間労働をしないという社会的な合意があるからだ。ドイツでは過重労働や過労死、過労自殺は日本のように大きな社会問題になっていない。

 経済協力開発機構(OECD)によると、2016年のドイツ人の年間労働時間は日本より350時間(20%)も短かった。ドイツ人の労働生産性(1時間あたりの国内総生産(GDP))は日本人を48%も上回っている。ドイツ人は1年間に約150日間休んでいるのに、同国は米国、中国、日本に次ぐ世界第4位の経済大国だ。ドイツで働いている日本企業の駐在員からは「この国では労働時間がこんなに短いのに、どうして企業や経済が回っているのでしょうか」と頻繁に質問される。

 なぜドイツの労働時間は短いのだろうか。その理由は二つある。一つは、労働者が法律によって過重労働から守られる仕組みがあり、大半の企業が法律を厳しく守っていることだ。

 ドイツの労働時間法は、企業が社員に1日10時間を超える労働をさせることを禁じている。日本のような時間外労働の制限ではなく、1日あたりの労働時間の規制であることに注目してほしい。消防士や病院の医長などを除くと、例外はない。
ドイツのメルケル首相(ロイター=共同)
ドイツのメルケル首相(ロイター=共同)
 労働基準監督署に相当する役所が、時折抜き打ちで労働時間を検査し、違反企業には最高1万5000ユーロ(約195万円、1ユーロ=130円換算)の罰金を科す。違反が悪質な場合には、経営者が禁錮刑に処せられる可能性もある。監督官庁に摘発されるIT企業、建設会社、病院は後を絶たない。現在ドイツは好景気のために高い技能を持った人材が払底しており、「過重労働をさせるブラック企業」としてメディアに報道されると、優秀な人材が集まらなくなる危険がある。つまり、社会全体に「1日の仕事は10時間以内」という原則が浸透している。「繁忙期だから」という言い訳は通用しない。