榊原英資(青山学院大学特別招聘教授)

 黒田東彦日銀総裁は財務省(旧大蔵省)時代の同僚であり、しかも財務官・国際金融局長(現国際局長)の筆者の後任でもあった。ともに1995年から99年の難しい時期に積極的な為替介入等を行った仲間でもある。それゆえ、筆者の黒田総裁に対するコメントはどうしても好意的になってしまうのだが、本稿ではできるだけ客観的に分析することにしたい。

記者会見に臨む大蔵省の榊原英資前財務官(手前)と黒田東彦新財務官※共に当時=1999年 7月 9日、大蔵省
記者会見に臨む大蔵省の榊原英資前財務官(手前)と黒田東彦新財務官※共に当時=1999年 7月 9日、大蔵省
 黒田総裁の日銀総裁就任は2013年3月、財務省財務官からアジア開発銀行総裁に転じて8年後のことだった。それまでも財務省から日銀総裁に就任することはあったが、元財務官の日銀総裁就任は異例だった。森永貞一郎総裁(1974~79年)、澄田智総裁(1984~89年)、松下康雄総裁(1994~98年)はすべて事務次官経験者である。黒田総裁の就任時も、財務省は元事務次官の武藤敏郎氏を推したと言われている。

 黒田総裁を任命したのは安倍晋三首相である。首相は2000年7月から03年9月まで内閣官房副長官を務めているが、この時に黒田氏は短期間だが内閣官房参与として内閣官房に出向している。2人は積極的金融緩和の必要性について議論を交わし、意見の一致をみたとされる。

 こうした経緯もあって、安倍首相は財務省から提示された武藤敏郎元事務次官ではなく、元財務官の黒田氏を選んだと言われる。そして黒田氏は日銀総裁に就任するや、安倍首相らの意向を受け、「異次元金融緩和」と呼ばれた極めてアグレッシブな金融緩和を実施した。この結果、2012年には1ドル80円を切っていた円ドルレートは13年には1ドル100円前後まで円安になった。その後も円安基調が続き、15年には年間平均レートで1ドル121・04円まで下落したのである。

 そして日経平均株価も急速に上昇した。2012年12月の終値1万395円から実に56・7%も上昇し、13年12月の終値は1万6291円まで回復した。リーマン・ショック後、停滞していた株価もこれを契機に上昇に転じ、その後上がり続けた。17年12月の終値は2万2765円、政権交代から5年で株価は倍以上になったのである。世界的な株価上昇という要因もあったが、日本の場合、異次元金融緩和が契機になったことは間違いない。要するに、黒田総裁の積極的金融緩和は大きな成功を収めたと言うことができる。