小林信也(作家、スポーツライター)

 女子レスリング界で「名コーチ」として知られる栄和人強化本部長が、パワハラの告発を受けた。今週発売の『週刊文春』が報じた。

 世の中が「パワハラ」に対して強い態度を明確にし、スポーツ界でもこの問題が告発された事例は過去にもある。しかしその都度、告発された当事者やその競技だけの問題として扱われ、スポーツ界全体が持っている「根本的な体質」までは指摘されることはなかった。

 今回、五輪4大会連続で金メダルを獲得し、国民栄誉賞も受賞した伊調馨選手に関するパワハラ疑惑が表面化したことは、当該コーチや女子レスリング界の問題だけにとどまらず、スポーツ界全体が自分の問題と捉え、すべてのスポーツ指導者、スポーツ組織、もっと言えば選手やその親、支援者も含めて、本質的に考え直す契機になるのではないだろうか。いや、そうしなければならないと感じている。
栄和人氏のパワハラを内閣府へ訴えた告発状の写し
栄和人氏のパワハラを内閣府へ訴えた告発状の写し
 告発状が伊調馨本人から提出されたものならば、「伊調馨と栄コーチの問題」と理解すべきだろうが、今回はそうではない。実際に告発状を提出したのは貞友義典弁護士であり、週刊文春の記事には貞友弁護士自身が「この告発状は、五輪出場選手を含む複数の協会関係者から依頼され、作成したものです」と語っている。

 『伊調馨悲痛告白』の見出しが大きな活字で記された週刊文春の記事を見れば、伊調馨本人の告発のように思えるのだが、内容を読むとそれが第三者によるものだったことが分かる。また伊調自身は、所属するALSOK広報部を通じて「報道されている中で、『告発状』については一切関わっておりません」とのコメントも発表している。

 つまり、今回の告発は、その目的が「伊調馨と栄和人監督の関係改善を求める」ことではないのである。具体的に最も明確なのは、伊調を熱心にサポートしたために、当時レスリング男子日本代表コーチだった田南部力氏が「警視庁のコーチを外され」「その後、代表コーチも外される」という「不当な圧力」を受けたことへの告発であり、田南部氏の復権と、パワハラという卑劣な行為がまかり通るレスリング界の「人事刷新」「体質改善」への要求とも受け取れる。