加藤隆則(汕頭大学長江新聞與伝播学院教授)

 中国の憲法改正問題をどうみるか。ちょっと「寄り道」をしなければ、核心には迫ることができない。

『サピエンス全史』の著者、イスラエル人の歴史家
ユヴァル・ノア・ハラリ氏=2016年9月(荻窪佳撮影)
 イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ著の『サピエンス全史(Sapiens)』は世界的なベストセラーになった。だが、中国を代表とするアジアについては十分な理解があると思えない。特に、「歴史上の戦争や革命の大半を引き起こしたのは食糧不足ではない」(柴田裕之訳)と断言し、フランス革命を率いた「豊かな法律家」や、古代ローマ共和国の崩壊、1991年からのユーゴスラビア紛争を挙げている点だ。中国の王朝興亡史にこの定理は当てはまらない。

 中国大陸では、土地を失い、食糧を奪われ、何一つ失うもののない「無一物」の農民たちが決起し、王朝を転覆させてきた歴史がある。毛沢東は、工業先進国で生まれた社会主義思想を農村に適用した。そして、腹を空かした農民を組織し、都市部のブルジョア資本を代弁する蔣介石政権を打破できたのは、独自の歴史に学んだ結果である。

 過酷な自然環境の中、食について飽くなき追求をしてきた民族は、あくまで胃袋で感じ、行動する。思考を支える言語には、食に関する表現があふれ、古代からの詩は常に「飢え」と背中合わせだった。

 最低限の衣食が足りたとしても、人として並の待遇を受けられない飢餓感は、腹の中に抱え込まれる。抽象的な観念に振り回されるのではなく、体を使って、人生にとって何が大切で、どんな楽しみがあるかを考える。中国ではこうやって人々が暮らしてきた。

 そして現在、習近平総書記(国家主席)が最も恐れているのは皮肉にも、人間の尊厳を踏みにじられ、幸福な生活が脅かされている農民たちの不満である。毛沢東が、みなを国の主人公にすると約束したのは嘘だったのか。「最初の話と違うじゃないか!」。農村からの悲痛な叫びに耳を澄まし、納得のいく答えを出さなければ、中国共産党はその歴史的正統性を失って崩壊する。

 これがなぜ憲法改正とつながるのか。もう少し、回り道にお付き合いいただきたい。

 忘れてならないのは、約100年前に中国共産党を結成し、最後には天下を取った指導者たちや同志たちもまた、土地に縛り付けられた農民だったということだ。党が腐敗し、本来、最も多く成長の果実を分け与えられるべき農民たちが、逆に社会の底辺に追いやられ、汚染された土地と水の中で、成長の犠牲になっている。

 まともな生活の保障がないまま都市で暮らす出稼ぎ農民、そして農村に取り残され、孤立した老人や婦女、子どもたちは、貧しさと不正義への不満をつのらせ、党幹部の腐敗に対して腹に据えかねている。持たざる者たちの怒りはもはや爆発寸前で、すでに小さな火種はあちこちに表出している。習氏自身が「このままでは党も国も滅ぶ」と強い危機感を公言せざるを得ない状況なのだ。

 ここでようやく本題に結びつく。現政権にとって最大の眼目である「党の存続」―これが憲法改正のキーワードだ。憲法の核心は各論を述べた本文ではなく、「共産党の指導」こそが人民が主人公となる国家を打ち建て、民族を団結させたのだとする前文である。憲法の順守は、党に対する忠誠の誓約にほかならない。