しかしマスコミは、こうした問題が起きるたびに、管理の不十分と職務の怠慢を指摘するだけで、科学や技術の現場における本質的な問題を検証しようとしない。肥大する情報量を追いかけるだけで精一杯だ。

 現在、AIやビッグデータなどは産業界でも注目されている。

 筆者はこういった技術の可能性を高く評価している一人だが、それによって科学研究とその応用技術のプロセスがブラックボックス化することの危険性は無視できない。マスコミは、AIが人間の仕事を奪うことばかりを取り上げているが、AIの応用には、その分野ごとに膨大な研究開発を必要とするので、全体としての仕事量はむしろ増えるであろう。問題は、研究者や技術者が、肥大する情報(データ)の中で、知的主体性を失っていることなのだ。

 人間の知の展開に「情報―知識―叡智」というプロセスを設定するなら、現代社会は「情報が肥大し、叡智が縮小する」社会ではないか。

学校法人「森友学園」の小学校建設用地=大阪市豊中市
学校法人「森友学園」の小学校建設用地=大阪市豊中市
 建築も、外壁の傷や内装の剥がれなど、見れば分かる仕上げの劣化は修理が簡単であるが、基礎や柱や梁など、主体構造の劣化は、ちょっと見ても分からず、修理も難しい。

 今日の官僚組織に現れている文書とデータの粗雑な扱い、科学的研究におけるプロセス確認の困難、ものづくりにおける管理と現場の乖離、そして科学技術の問題を報じるマスコミの検証姿勢の欠如は、情報肥大によって、日本社会の中枢が混乱から劣化に進んでいることを示すのではないか。

 政治家と官僚は、累積する膨大な財政赤字に責任を取ろうとしない。民間企業はバブル時代の清算に辛酸をなめてきたが、政治と行政の組織と経費はバブル時代に肥大したまま、自己改革を怠っている。つまり、政治、行政、研究、教育、報道、批評といった仕事に関わる、日本の知的中枢が劣化しているのだ。優秀であったはずの現場技術者も、ついにその中枢の劣化に耐えきれなくなっている。

 スポーツにもいえる。大相撲でも冬季オリンピックでもレスリングでも、選手たちの活躍は目覚ましいが、指導的立場にある人間とその組織としての協会には問題がありそうだ。日本衰退の原因は、筋肉にではなく、中枢にある。

 江戸幕府が、黒船の文明力と尊王攘夷の炎に耐えられなくなって瓦解したのも、太平洋戦争において、大本営が現場の独走に引きずられ、戦略もないまま、神がかりに頼ったのも、中枢の混乱と劣化が、ある種の外力を契機として社会崩壊に至った例であろう。

 部分的外面的劣化なら修理が容易だが、「中枢劣化」はほとんど解体して建て直すほどの国民的覚悟が必要だ。まず国会と行政から始めるべきだろう。

 大臣を辞任させ、あるいは内閣を倒せば済む、といった問題ではない。


わかやま・しげる 建築家・名古屋工業大学名誉教授。1947年、台湾生まれ、東京都出身。1974年、東京工業大学大学院博士課程修了。1974年、(株)久米設計勤務。1989年、名古屋工業大学大学院教授。1997年、米国カリフォルニア大学バークレイ校客員研究員。1998年、米国コロンビア大学客員研究員。現在、放送大学・中京大学・各客員教授。主な建築作品は、不二の一文字堂 ミャンマー中央農業開発センター 西尾市岩瀬文庫展示棟。主な著書は『建築へ向かう旅』(冬樹社)、『「家」と「やど」』(朝日新聞社)、『漱石まちをゆく』(彰国社)