こうなると、今回の森友文書「書き換え」問題を、私が「風土病」というのが分かってもらえると思う。食材、食品、鋼材、建築材、家、クルマ、企業決算書、研究論文など、日本ではありとあらゆるものが偽装されている。だから、公文書もそうだったからといって大騒ぎするようなことではないのだ(もちろん、これは皮肉で書いている)。

 「終身雇用・年功序列」システムでは、その構成員になると、人間が本来持つ倫理やモラル、そして善性がすべて踏みにじられることになっている。なぜなら、人は能力や実績では評価されず、年齢、身分でしか評価されないからだ。

 このシステムにおける給料は「我慢料」とよく言われている。人間性を押し殺して、上司の言う無理を聞き、滅私奉公する。それをした対価としての給料だから、我慢料だと言うのである。我慢料だから、どんなに実績を積み重ねても給料は上がらず、単に年齢によって少しずつ上がる。「今年もまた我慢してくれましたね」というわけだ。

2018年3月9日、国税庁長官を辞任し、財務省で取材に応じる佐川宣寿氏
 それでは、なぜ我慢しなければならないのか。それは、終身雇用が約束され、勤め上げれば退職金が出て、さらに子会社などへの出向、再雇用制度などで最後まで人生が保障されるからだ。

 ここで、再び佐川氏を例にとるが、もし彼が辞職していなければ、退職金約7000万円とその後の「天下り・わたり」による数億円の収入が約束されていた。そうでなければ、我慢に我慢を重ねて嘘などつかないだろう。しかし、こうした退職金と「天下り・わたり」による収入は、本来、彼が最も仕事をしていたであろう30、40歳代に支払われるべきだった。一般企業の退職金も同じで、これは単なる給料の後払いに過ぎない。人生の終盤にまで正当な給料を払わず働かせるというのが終身雇用だ。これほど人間性を冒涜(ぼうとく)した制度はない。

 「終身雇用・年功序列」システムでは、人間は能力や実績では評価されない。評価されるのは「よく動く」「よく言うことを聞く」「よく気が利く」ということだ。どれほど仕事の遂行能力やプロフェッショナル性を見せても評価されないので、職業に対するプライドまで奪われてしまう。

 頭のいい人間ほど、こういうことにいち早く気がつく。そうして自分を捨て、「よく動く」「よく言うことを聞く」「よく気が利く」ということにだけに焦点を絞って働くようになる。「忖度(そんたく)」というのは、こうしたことの延長線上にある。「暗黙の命令」を部下は先回りして率先して行うのである。しかし、こうしていくら「滅私奉公」しても、終身雇用が約束され、最後に退職金が出て、その後の人生まで面倒を見てもらえる保障がなければ、誰も好き好んで、こんなバカげたことはしないだろう。