今回の財務省理財局をおそらくあげての「佐川忖度」もこのエリート養成の失敗のひとつの表れかもしれない。日本の受験は基本的に点数評価だけで、点数には満点という上限がある。国家公務員のキャリアになる人たちはこの点数をとる技能ですでに上限近くになっている人ばかりだ。その中での出世競争になる。ところが満点だらけの場合、何が競争で勝ち残る基準になるのだろうか。それは民間企業のように新しいアイデアを出したり、組織を牽引(けんいん)する能力などではない。端的にいえば、足の引っ張り合い、ミスをあげつらうことである。この場合、成果よりも失敗しないことがエリート官僚たちの最重要の関心事となる。そのような官僚組織の体質がこの「佐川忖度」にも出てきたのかもしれない。

 もちろん理財局だけの問題ではなく、財務省全体の問題としてみなすべきだ。何人かの識者が指摘しているように、財務省は解体的な処遇を受けるべきだろう。具体的な提案もある。元財務官僚の高橋洋一・嘉悦大教授は、佐川氏が先週末まで長官だった国税庁を財務省から分離して歳入庁にする案を提唱している。もちろん財務省からの「天下り」は厳禁とするものだ。

 これは徴税の効率化にも役立つし、財務省の徴税権力をそぐという点でもメリットがある。さらには消費増税の凍結を主張する人もいる。筆者も賛成したいところだが、いまの政治とメディア、それにあおられやすい世論の一部を考えると、増税凍結がうまくいくか不安である。かえって消費増税路線が勢いをつけかねない情勢かもしれない。

 その理由のひとつは、やはり安倍政権本体への影響だろう。このままの展開でいけば、佐川氏が起訴ないし逮捕される可能性もある。以下はその可能性を前提にしてみよう。

 その結果、麻生太郎副総理兼財務大臣の責任は逃れられないだろう。このケースでは、遠くない将来に辞任するのが正しい選択だろう。もちろんそのときは財務省の官僚たちにも十分な責任をとってもらわないと国民の利益にはならない。ここまで読んだ方々には十分おわかりだろうが、政治家は「財務省の尻尾」でしかないのである。
夜になっても明かりがともる財務省=2018年3月12日(桐山弘太撮影)
夜になっても明かりがともる財務省=2018年3月12日(桐山弘太撮影)
 安倍晋三首相自身の責任も当然に問われる形にはなる。ただし、問われることがあっても、その問いが正しいかは別問題だ。一部の「反安倍主義者」が主張するような、安倍首相の退陣は必要ない。もし官僚が勝手に自己保身のために書類を改竄(かいざん)して、その責任を首相が取るということは論理的飛躍がすぎるからだ。また、時の政権をひきずりおろすために、官僚たちがミスをあえてメディアにリークしてしまうことを肯定することになる。そうなれば「暗黒時代」の到来だ。ただ、どうも反安倍主義者やアンチ安倍の人たちにはその種の暗黒時代、魔女裁判が好きな人たちも多いようである。