記者会見の序盤、谷岡学長は会見の前日に放映されたテレビ番組を見て「私の怒りは沸点に達した」と言い放った。どうやらそれは、筆者もこのとき出演していたフジテレビ系情報番組『バイキング』を指していたようである。

 この日の『バイキング』では、週末に群馬県高崎市で行われた女子レスリング国別対抗戦のワールドカップ(W杯)をめぐり、日本代表の選考基準を「昨年12月の全日本選手権で1位、2位の選手」を基本にすると日本レスリング協会が明言しながら、1階級だけ「5位の選手(準々決勝敗退)」が選ばれていたことを取り上げた。実はそれが栄監督の長女、希和選手だったことに触れた上で、選考基準に曖昧さがあると投げ掛けたのである。

 もっとも、この問題がデリケートであることは、番組スタッフも筆者も十分に承知している。番組では「選考基準に問題がないのか?」とMCの坂上忍さんに聞かれ、どう表現すべきか苦慮したが、「無理がある」と発言した。

 栄希和選手の実績はもちろん認めている。番組中に「栄希和さんもずっと努力して…」とその実績や実力を語ろうとしたが、「お子さんに罪はない!」と坂上さんも強い口調ではっきりと語っていた。ところが、谷岡学長によれば、番組内で「資格がない」などと表現したように受け止めてしまったらしい。

 今回の選考について話を戻すと、実は2位の選手が1階級上の代表になっている。普通に考えれば、空いた枠を埋めるには、準決勝で敗れた3位の選手2人から選ばれてもいいはずだが、今回はなぜか違った。たとえ希和選手に十分な実績と実力、将来への期待があるにしても、彼女を破って準決勝に進んだ選手がいる。その選手はなぜ選ばれなかったのか。むしろ、日本レスリング協会が明快な理由を示すべきではなかったのか。これはあくまで一般論だが、スポーツの選考において、そのような「特例」はこれまでの実績がよほど図抜けているか、優勝した選手に僅差で敗れるなど試合内容を考慮した場合を除いて認められるケースはほとんどない。

大学の旗を手に谷岡郁子学長(左)、栄和人監督(右)とともに
記念撮影に応じる吉田沙保里副学長=2016年11月、愛知・大府市の至学館大
大学の旗を手に谷岡郁子学長(左)、栄和人監督(右)と記念撮影に応じる吉田沙保里副学長=2016年11月、愛知・大府市の至学館大
 もっと言えば、一連のパワハラ騒動の告発者の一人で伊調選手を指導する田南部力コーチと栄監督の「確執」も決して無関係とは言えなさそうである。一部報道によれば、田南部コーチの長女も過去に女子レスリング世界カデット(16、17歳)選手権に優勝するなど、レスリング界では東京五輪を目指す有望選手として知られているが、女子の日本代表合宿には招聘されなかったという。ある大会では2位になったにもかかわらず、なぜか3位の選手が合宿に参加したこともあったらしく、内閣府に提出された告発状にも、この件がレスリング協会によるパワハラの一つとして記載されている。

 「事実関係を明らかにしてほしい」と林芳正文部科学相は要請したが、田南部コーチと栄監督の確執の背景に実娘の扱いをめぐる複雑な思いがある以上、真相解明にいくら第三者が聞き取り調査を重ねても、人の心の綾(あや)まで読み解くことなどできるのか。その難しさ、複雑に絡み合う思いが騒動の背景にあることを、筆者は番組を通して伝える必要があると思ったのである。

 だからこそ、どっちが「正義か悪か」で論じるべきでないという一貫した姿勢で筆者はこの問題と向き合っている。ところが、谷岡学長の思考回路は違った。「世の中には敵か味方かしかいない」。彼女の発言からは、そんな思いに囚われているのではないかとさえ感じた。