名越健郎(拓殖大学海外事情研究所教授)

 3月18日に行われたロシア大統領選の前、内外で奇妙な動きがみられた。プーチン大統領が3月1日の年次教書演説で、激烈な反米演説を唐突に行い、戦略核戦力の開発強化を表明したのだ。この直後に英国で起きた元ロシア軍スパイ暗殺未遂事件は謎めいているが、これも大統領選と関連があったとの見方がある。

 8人が立候補した大統領選は、そもそもプーチン大統領の当選が確実な無風選挙だった。事前の世論調査でも、プーチン大統領の支持率は70%前後で、事実上の信任投票だったといえる。このため、選挙戦は盛り上がりに欠けた。出馬を拒否された反体制指導者、アレクセイ・ナバリヌイ氏が選挙ボイコットを呼びかけたこともあり、投票率も低いとみられていた。

 これでは欧米諸国から「官製選挙」と批判され、クレムリンのメンツがつぶされかねない状況だったため、プーチン大統領はショック療法に出た。教書演説の最後の3分の1は米国批判で、ロシアが開発している6種類の新型核兵器の動画を公開。「世界中どこでも到達可能な新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)を開発した」「ロシアの最新兵器で米国のミサイル防衛(MD)は無意味になる」などと強調し、ロシアのミサイルが米国の都市に落下する架空アニメまで用意した。

 米政府が2月の「核戦力見直し」(NPR)で、限定核使用や小型核の製造を表明したことへの対抗措置だろう。大統領は「ロシアを押さえ込む取り組みは失敗した。現実を直視するがいい」と凄(すご)みを利かせた。

 「内容の過激さに議員らも卒倒した」(コメルサント紙)とされ、効果満点だった。米国の核兵器に包囲されているという危機意識を高め、新型核兵器を誇示して国威を発揚し、国民の愛国心に訴えようとしたようだ。選挙で大統領の下に結集させ、投票率や得票率をかさ上げする狙いがあったのだろう。
支持者らに向かって演説するプーチン大統領=2018年3月、モスクワのクレムリン近く
支持者らに向かって演説するプーチン大統領=2018年3月、モスクワのクレムリン近く
 前回2012年の大統領選挙でも、プーチン大統領は都市部住民の反プーチン運動という逆風に見舞われており、3期目にウクライナ干渉やクリミア併合、シリア空爆という国粋主義的な強硬路線を推進した。その結果、クリミア併合直後、支持率は空前の90%に達した。

 だが、その後、欧米の制裁や原油価格下落で国民の生活苦が広がり、長期化するプーチン体制への閉塞感が出始めた。今回、投票日をクリミア併合4周年に設定したこととあわせ、プーチン政権は再度、米国を手玉に取る強硬外交で選挙を乗り切ろうとしたのだろう。

 ただし、プーチン大統領は「落とし所」も用意している。演説の最後に「世界に新たな脅威を作り出す必要はない。むしろ、交渉のテーブルにすわり、新たな国際安全保障システムについて協議すべきだ」と述べた。