落合浩太郎(東京工科大学教授、政治学者)

 ロシア・インテリジェンスの歴史は一般に1917年のロシア革命に伴って発足したチェカー(秘密警察)に始まるとされる。1954年に国家保安委員会(KGB)に改組され、30万人の巨大な規模を誇り、世界最強(悪)のインテリジェンス機関として知られた。

 1991年のソ連崩壊に伴ってKGBが解体・分割されて連邦保安庁(FSB)と対外諜報庁(SVR)が発足した。FSBが国内、SVRが外国というのが基本的な分担で、本部建物はチェカーからKGB、さらにFSBへと引き継がれた。プーチン大統領はKGB中佐、退職後にFSB長官を務めている。

 2016年にはプーチン大統領がFSBとSVR等を統合してKGB復活を計画しているとの報道があった。KGBやFSBより格下とされるが、軍にも参謀本部諜報総局(GRU)がある。戦前の日本政府中枢に浸透して大きな成果を上げたリヒャルト・ゾルゲも所属し、2000年以降に二度も日本の自衛官が工作対象となる事件を起こしたのもGRUだ。

 「米国は冷戦には勝ったが、インテリジェンス戦では敗れた」とも言われる。CIAが運用したソ連人エージェント(情報提供者)の多くがKGBの命を受けた二重スパイで、米国を欺いた。東ドイツとキューバにおいては、全員が二重スパイとも言われる。CIAと互角(以上)に戦ったプロフェッショナリズムがソ連(ロシア)のインテリジェンスの第一の特徴である。

 インテリジェンスは独裁国家に共通の「政権の道具」である。ロシアの場合、3月5日に英南部でGRUのセルゲイ・スクリパリ元大佐らが神経剤「ノビチョク」で襲撃された事件、そして2006年にロンドンでFSBの元中佐リトビネンコ氏が放射性物質ポロニウムの投与による毒殺事件といった一連の元スパイや反体制派の暗殺に見られるように、極めて残虐性が高い。また、プーチン政権はシロビキ(インテリジェンス機関や軍出身者)が牛耳る点でも異例である。

ロンドンの自宅でロシアの内幕を暴いた著書を手にするロシア連邦保安局(FSB)元幹部のアレクサンドル・リトビネンコ氏=2002年
2006年に暗殺されたロシア連邦保安局(FSB)元幹部のアレクサンドル・リトビネンコ氏=2002年
 ライバルのCIAも含めて西側諸国は暗殺を今日ほとんど行っていない。しかし、KGBもFSBも暗殺は「通常業務」である。なお、KGBも外国人は容赦なく暗殺したが、同胞は刑務所や精神病院送りまでだったのに、FSBは平気で殺害するようになったとの見方もある。プーチン大統領の不正を追及していた女性ジャーナリストのポリトコフスカヤ氏も2006年10月7日に射殺された。大統領の誕生日に合わせた「プレゼント」と言われたが、日本政府も1944年のロシア革命記念日(11月7日)にゾルゲの死刑を執行した。

 国威発揚(こくいはつよう)によるプーチン政権の支持率向上のために、2014年に自国でのソチ・オリンピックでFSBの「魔術師」と呼ばれる職員がロシア選手の検体をすり替えて、ドーピングを隠蔽(いんぺい)しようとした。そして、政権と同様に腐敗も深刻であり、アフガニスタンから流入するヘロインを取り締まるべくFSBが麻薬密売組織と結託して賄賂を取っている。