日沖健(経営コンサルタント)

 世の中には、正面から反論しにくい主張がある。例えば「家族愛を大切にしよう」と言われたら、「家族愛なんて大切じゃない」と反論するのは困難だ。しかし、家族愛を強調しすぎると、個人の自立が妨げられたり、家族がいない単身者が否定されるといった悪影響が生じるかもしれない。戦前の「大東亜共栄圏」でもないが、一見反論しにくい主張を持ち出されたときほど、悪影響や隠れた論点がないかどうか、注意深く考える必要がある。

 「人生100年時代」を迎え、高齢者の働き方が国家的な課題になっている。政府が2月に公表した政策指針「高齢社会対策大綱」では、「年齢によらず意欲・能力に応じて働き続けるエージレス社会の構築」がうたわれている。意欲や能力があっても60歳、65歳で強制的に解雇される定年制は理不尽な仕組みだ。米国など諸外国では、定年制は年齢による差別にあたり、違法である。「高齢者が元気に活躍できる社会を!」と言われると、やはり反論しにくいものである。

 このように、絶対的に善だと思われがちな高齢者活躍について、改めて問題点を考えてみよう。

 高齢者といっても生活や健康の状態など、実に多様だ。無収入のボランティア・ワーカーを除く高齢労働者は、大きく2種類に分かれる。

<タイプA>

現役時代から低スキルで、家計を維持するために低収入の単純労働に従事。いわゆる「下流老人」

<タイプB>

現役時代から高スキルで、経済的余裕があり、社会参加のために専門労働に従事。「中上流老人」

 まず、タイプAが好ましくないことは論を待たないだろう。年金受給開始まで収入が足りない、あるいは受給開始後も年金だけでは生活できないという理由で嫌々働くのは、不幸なことだ。

 特に体力が落ち、病気がちの高齢者が無理を押して働いている姿を見ると、胸が痛む。

東京しごとセンター多摩で開かれたシニア向け再就職対策講座 = 2015年 3月11日、東京都国分寺市
東京しごとセンター多摩で開かれたシニア向け再就職対策講座 = 2015年 3月11日、東京都国分寺市
 「本人の自己責任」という意見もあるようだが、国のずさんな年金・健保行政の犠牲者という側面もあるはずで、政府の「エージレス社会」という掛け声が空虚に響く。

 問題はタイプBだ。「エージレス社会」や「高齢者活躍」の議論で想定されるのはタイプBであろう。政府だけでなく国民も、現役時代に培ったスキルを生かし、社会に貢献しようとして働くのは、絶対的に良いことだと信じている。