岩渕美克(日本大学法学部教授)

 「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である」(日本国憲法第41条)。これが憲法で規定されている、国会の地位と役割である。ここから類推するに、国会での発言は大きな意味を持つことは間違いない。この地位と役割が今回の森友学園問題を大きくしている。

 「官庁の中の官庁」財務省といえども、一省庁が国会の議論に合わせるために公文書を改ざんすることは考えにくい。とすれば、何らかの理由があるだろう。一般的に知られているのは、「交渉記録はない」「事前に価格提示もしていない」といった佐川宣寿(のぶひさ)前理財局長による一連の国会答弁との矛盾を解消するためだというものだ。だが、決裁が下りて一度は確定したものを、わずかな期間で改ざんすることがあるのだろうか。たとえ省益や政権を擁護するためであっても、改ざんの合理的な理由にはならない。

 なによりもまず話をややこしくしたのが、安倍晋三首相による昨年2月の衆院予算委での発言である。趣旨は、首相や安倍昭恵首相夫人が森友学園の小学校設置認可や国有地払い下げに関わっているようであれば、首相も国会議員も辞職する、というものである。

 そもそも、「官高政低」といわれる日本政治において、政治主導を示すために、内閣人事局や国家戦略特区を設置したのではなかったか。関係の有無はいまだ明らかではないが、内閣人事局の存在が忖度(そんたく)を生んだ可能性が指摘されている。また、加計学園問題についても、政治主導の最も象徴的な会議に、諮問会議の議長である首相が関与していないというのは、事実であれば、職務怠慢と言わざるを得ない。こうした二つの官高政低にあらがった設置がさまざまな疑問を生み出している。

 さらに問題が複雑化したのは、昭恵夫人を巻き込んだことである。夫人は森友学園の教育方針に賛同し、3回も講演を行ったり、小学校の建設予定地に足を運んでいる。その結果、新しくできる小学校の名誉校長に一時就任していたことを考えれば「関与していない」という言葉は空虚に聞こえる。言葉遊びのレベルでいえば、設置には直接関与していないので問題ない、という答えは納得しがたいものがある。
2018年1月、杉原千畝の記念館を訪れ「命のビザ」のパネルなどの展示を見る安倍首相と昭恵夫人=リトアニア・カウナス(共同)
 政治家の対応に慣れているはずの高級官僚がミスを犯すとは思いたくはない。仮にミスしたとすれば、官僚が今まで慣れていない首相夫人への扱い、歴代でもとりわけ行動的な昭恵夫人とはいえ、政治に口を出すことは想定外であったのだろう。もちろん、その背景は「安倍一強」体制が盤石であることなどが挙げられるものの、それだけではないはずだ。やはり、昭恵夫人と森友学園前理事長の籠池泰典被告夫妻との付き合いが挙げられよう。