決死の任務を前に思い浮かんだこと


麻生 伊藤さんは本誌4~6月号で、平成11(1999)年の能登沖不審船事件にイージス艦『みょうこう』航海長として遭遇したときの経験を、手記という形で公表されました(『緊迫怒濤のイージス艦出撃』)。これは紛れもなく戦後日本が最初に体験した、これまでで唯一のエンゲージ、交戦ですよね。

伊藤 北朝鮮の工作船からの攻撃はなかったですから気楽なもんです。

麻生 日本に侵入してきたり、日本人を拉致したりするのは北朝鮮の工作船であり、工作機関だと言っていますけど、実質的な軍事組織、準軍事機関です。それを相手に、警告として主砲(127ミリ砲)で何度も砲撃した。そして工作船が停止し、『みょうこう』乗組員が立ち入り(乗り込み)をする寸前だったことが手記で明らかにされていますが、そうなったら銃撃戦も起きていたでしょう。まさに交戦ですよ。

伊藤 船内には拉致された日本人がいるかもしれず、撃沈させることはできません。ただ、我々が乗り込んで行って、向こうは「降参~」って言うはずがないですよね。工作船は、引き付けるだけ引き付けて自爆するにきまっています。乗り込んでいく者は、間違いなく死ぬことが分かっていたわけです。

 「止まれ、止まれ」の一念で警告射撃をしていたのが、いざ工作船が停止すると、「えっ、嘘だろ?」となった。そのときはまだ、「これは夢だ。もうすぐ覚めるだろう」、あるいは「この時代に、俺たちが日本海の真ん中で、北朝鮮の船に乗り込んで殺される、そんなことがあるわけないよな」とどこかで考えていました。しかし、立ち入りは刻一刻と現実味を増し、準備作業も進んでいきました。乗り込み要員への説明もなされ、「間違いなく行く」という状況になっていくわけです。ところが、それから僅か十分ほどの間だと思いますけど、彼らが激変するんです。

麻生 若い隊員たちがそこで達観した顔つきになっていたと書かれていましたね。

伊藤 ええ。すがすがしく、自信に満ちていて、苦悩や悲壮感といったネガティブな感情はまったくうかがえませんでした。正直、彼らが羨ましかったです。そこまでの心境に私自身は達したことがなかったですから。置いてきぼりをくらうような気持ちさえありました。

 一方で、彼らはこの作戦には向いてない、もっと向いている奴らがいるんだとも感じました。その後、特別警備隊が創設され、実戦配備された一期生をみて、「こういう顔をしている奴にやらせるべき作戦だったんだ」と確信しました。人生観、価値観が違うんですよね。

 軍人にとって任務は命より大切です。だから向き不向きの問題ではない。ただ、どの国でもそうですが、軍隊にもいろんな仕事があって、必ずしも現場に出る人間ばかりでもないし、任務のために命を捨てる覚悟ができている人間ばかりではありません。居るんです、自分の命より充実感や満足感を優先する奴が。そういう人間が行くべきだと思ったんです。

麻生 装備の話で、ボディアーマー(防弾服)もなく、要員たちは『少年マガジン』のように分厚い漫画雑誌を体に巻き付けたわけですが、防護服も装着できず、それまで触わったこともない拳銃を持たせて乗り込ませるようでは、ミッションは成功しません。軍事的合理性からしても、あり得ない作戦だったとは思います。

伊藤 あの時点では国家が手を抜いていたのではなく、海軍の兵隊が敵船に乗り込むという任務は一般的に想定されていなかったんですね。しかし、国家の意思として、隊員に決死行動を強いるのであれば、しかるべき部隊を組織しておくべきだろうとは思いました。向いている人間を集めて選別して、トレーニングをさせ、適切な装備を与えたうえであれば、十中八九、助からない作戦を命じられてもいいんです。何度もいいますけど、大切なのは隊員が助かる助からないではなく、国家が人命の犠牲を払ってでもやると決断した作戦の目的を達成することです。どんな作戦であれ、それは、国家がこの世になぜ存在するのかという理由に繋がっていくものだと私は思っていますけども。

 あの事件を教訓に、工作船に乗り込んで無力化できる特殊部隊として特別警備隊が創設されました。政府が創設する方針だと聞いて、なにがあろうと私はそこにいるべきだと思いました。五体満足以上に生まれ、どんな人間が乗り込むべきなのか、そして、突入時はどうなっていくのか、それらをこの目で見ている私はその部隊に絶対に必要なんです。

麻生 そのような決死のミッションをオーダーするのは天皇陛下のような人であるべきだと伊藤さんが考えたという点も印象に残っています。

伊藤 乗り込み要員たちは、どこにでもいる普通のお兄ちゃんたちでした。普段はパチンコで勝ったとか宝くじを買うとかいう話に興じていて、こう言ったら悪いけれど、邪心の塊(笑い)。その彼らが10分間というわずかの時間で、いろいろなものを諦めていったんです。そして最後に残ったのは、無私無欲で終わりたい、何かの役に立って人生を終えたいという望みです。死という絶望から、できっこないと諦めていた無私無欲で公に奉仕することができるという希望と自信に満ちた心境に至った。彼らのそばにいると、私までそんな気持ちになるのが不思議でした。そこで自然に浮かんだんですよ、陛下のことが。生まれた時から、そんな生のあり方を目指すことがどれだけ人間離れしていることか。死という代償は払うけれども、俺はそこに少しだけど近づける…。

 そんな彼らに命令するのは誰であるべきか? 私利私欲や自分の当選のことしか考えていない政治家じゃないでしょう。絶対に天皇陛下だ、と無意識に思いましたね。

 東日本大震災では率先して節電され、被災地をまわって被災者を見舞われるお姿を目にして、誰にもその辺の政治家との明らかな違いがわかったと思います。しかも、それだけ私を捨てている方からのオーダーは、日本人しか受けられない。「陛下のご裁可の下りた作戦だ」と嘘をついてでも彼らに言ってやりたいという思いがよぎりました。

 私自身、それまで皇室に対して特に想いがあったわけでも勉強していたわけでもありません。ただのゴロツキですよ。それが、そういう場面に遭遇すると、天皇陛下からのオーダーで彼らを行かせたいと思い浮かんだことには我ながら驚きました。