本気じゃない国家の冷たい世界


伊藤 麻生さんは軍事のほか諜報機関、インテリジェンスの世界も取材して、小説という形で発表されています。その任に当たっている方々ってどういうタイプなんですか?

麻生 知る限りでは、彼らはどこまでも愚直ですよ。日本の安全、生命、財産を守るということに、純粋に身を投じています。ただ「ウラ」の存在に徹している彼らは、何かの式典に呼ばれて賞賛されたり、国民から直接感謝されたりすることはありません。だから、モチベーションをそこには求められない。

 6月2日に私の小説を原案にした映画『外事警察 その男に騙されるな』が公開されます。そこで描かれている警視庁公安部の外事課は、海外の情報工作機関のイリーガル(非合法)な活動やテログループの捜査を担い、彼らと渡り合ってきて、「国を背負っている」という思いを強く持っています。しかし同時に、その「国家」を動かす政治家たちからも理解されていないということにも気づいているわけです。安全保障やインテリジェンスに現実的に向き合おうとしないのが日本の政治の弱点だと思います。

 伊藤さんのいた特殊部隊と同じく、家族にさえ本当の仕事を明かすことすらできない。とすれば、自己完結するしかないわけです。国のため、あるいは愛するあなたのために頑張っているんだと内なる矜持として昇華して、支えとするしかないわけですね。

伊藤 まあ、私は「○○のため」とか考えないようにしています。私みたいな奴はそんなこと考え出すと「国民に感謝されたい」などという、けちくさい考えが頭に浮かんでしまうと思ってですね。国民というか公のためになるのであれば、やりゃいい話で、感謝されなくたって、恨まれたって、憎まれたってしますよね。目的とするところは公のためなんですが、心のよりどころにはしません。よりどころは、外には持たず期待せず。ただ、自分の中に求めるべきだと思うんです。「こうすることでしか満足感を得られない俺のため、自分のためにやっているに過ぎない」と考えるようにしています。だって、そう考えなかったらダブルエージェント(二重スパイ)なんかできないでしょ。

麻生 ただ、海外でのインテリジェンス活動で危険に晒された要員を、国家の威信をかけてなんとしてでも支援する、逃がすといった感覚に乏しい。200万円をポンと渡されて、アフガニスタンに行ってこいとなるわけです。彼らをサポートしようという国家の姿は見えないんです。誤解を恐れずに言えば、冷たい世界です。

伊藤 諜報に従事する者を非情に切り捨てたり、外交的な軋轢を防ぐために、いなかったことにしたり。それが、国家の意思を貫き通すために必要なことならば、大いにやればいいと思うんです。しかし、矢面に立たないがための保身であったり、根拠なきビビリであるのならその考えは敵より先に処分しなければならないものです。

麻生 信じられないかもしれませんが、日本の対外諜報、あるいは軍事の世界には、「そんなに一生懸命、命を賭けてまでやる必要ないだろう」という冷めた感覚が一部にあるような気がします。「日本はアメリカが守ってくれるから安全なんだ」「海外の情報も他国の情報機関からもらえるだろう」

 それを象徴するのが、警察内部で言われる「職人」という言葉ですね。プロフェッショナルという言い方もできますが、一方では小馬鹿にする代名詞でもある。

伊藤 分かります。自衛隊もそうです。訓練は実戦に近ければ近いほどいいわけですが、それだけ危険度も高まります。危険な訓練をすればいいという話ではなく。より実戦に近い訓練に近づける姿勢を緩めてはいけない。だからこそ、死傷者を出さない努力を徹底的にするんですが、あくまでも優先すべき事は、実戦に近い訓練をすることです。

 たとえば、ガンハンドリングとかマズルコンシャスといいますが、「銃口の延長線上に人を入れない」「指を引き金部から出しておく」ことが本当に身に付くまでは特殊部隊員であっても一年位かかります。競技射撃ならば、この二つを守らせることで十分なんです。しかし、実戦においては引き金に指が触れている「フェザータッチ」で弾が出る状態のまま、自分の銃口を仲間の身体に向けなければならないことはいくらでも発生します。発生する以上訓練はしなければなりません。

 段階を追って、能力判定をしながらステップアップをしていく。闇雲にではなく、計画的により危険な訓練にしていかなければいけません。しかし、現実はどうでしょう。「そこまで危険な訓練をやる必要があるのか」という理由で、その姿勢を緩めていないか心配です。

 隊員の側はたとえ仲間に射殺される可能性があっても、その訓練をしたい。現場に行くつもりだからです。しかし、部隊を管理している人間がいやがる。「本番で死人がでても俺は責められないけど、訓練中に死人がでたら責められる」なんて頭をよぎっているんだとしたら、この人も敵より先に処分しなければならないでしょう。

 特殊部隊はもちろん自衛隊を現実に使うと考えていない。自衛隊、防衛省の幹部から政治家まで、自分の任期を無事故で終えることを最優先と考えている。組織として、国家として本気さを感じません。

麻生 そこで緊急事態が起きて対処できなかったら、「想定外だった」と言い逃れするんでしょう。東日本大震災に伴う福島第一原発事故を、東電は「想定外」という言葉で誤魔化すことに成功しました。「想定外の高さの津波が来た」と。しかし、東電の技術者たちは「考慮漏れ」だと言っていたんです。考慮すべき項目が考慮されていなかったという、つまりそこには“人知”が絡んでいたんです。

 今年4月の北朝鮮の弾道ミサイル発射事案でも、発射直後にミサイルが爆発したことで日本政府の確認発表が遅れた。これも「考慮漏れ」というミスではないでしょうか。

伊藤 そもそもイージス艦を石垣島付近に配置していたわけですから、発射直後のミサイルは探知できません。そこはアメリカの熱探知衛星や韓国のイージス艦の情報でカバーして、日本のセンサーがキャッチした情報とダブルチェックして一致したところで発表するのが日本政府の方針だった。しかし日本がキャッチできるエリアまでミサイルが飛んでこなければダブルチェックなどできません。確認が遅れたのも、そうした方針で臨んだ以上はある程度は当然なのだから、「石垣島などを守ることを第一義としてイージス艦を配置していた。これが国家の方針だ。ごちゃごちゃ言うな」と正々堂々と説明すればよかった。そうは言えないというところに、覚悟のなさが表れています。