決断できる国家であるか


麻生 10人を犠牲にして11人目が任務を完遂するという話ですが、軍隊であれば、作戦上、どの程度の被害が出るのか事前に確認しますよね。

伊藤 そこが国家の意思です。損害と作戦の重要性を秤にかけるわけです。ある作戦で十人の兵士が命を落とすと予測されたとして、それでも実施するかどうか決断しなければなりません。

 例えば日本人拉致被害者を北朝鮮から奪還せよというミッションが検討されたとします。こちらの犠牲者はゼロでやれと言われたら、無理と答えるしかありません。しかし、国家の主権を示すために、どんなことをしてでも助けることが日本の意思だ、何人の命で実現できるんだと言われたら、答えはあるわけです。その決断が日本政府にできるのかどうかが問題です。

平成7年6月に発生した函館空港の全日空機ハイジャック事件
麻生 地下鉄サリン事件など一連のオウム真理教事件のあった平成7(1995)年、函館空港で、男が「サリンを持っている」と称して全日空機をハイジャックするという事件が起きました。発生翌日の6月22日午前3時40分すぎ、警察が突入して解決しました。当初は当時の警視庁第六機動隊特殊中隊(SAP)、現在の警視庁特殊部隊(SAT)が突入する予定でしたが、最終的には北海道警が突入しました。あのとき、当時の野中広務自治大臣が、村山富市首相のところに午前2時に行き、「突入しますが、SAPにも犠牲者が出ます。ご了解いただけますね」と了承を求めたんです。ところが、村山首相ははっきりと「俺は決断できない」と言ったんですね。それで突入が一時間ほど遅れたということがありました。

 村山首相はなぜ決断できなかったのか。僕は、彼が社会党だったからではなく、それが日本の現実なのだと思います。文化、マインドと言ってもいい。自民党の首相でも同じだったでしょう。だから、伊藤さんが話されている軍事世界の現実も、理解できない人が多いと思いますよ。

伊藤 「何を言っているか分かりません」とよく言われますね(笑い)。

麻生 結局、日本は国家としての体を成していないという根本的な欠陥があって、軍事の世界でも、インテリジェンスの世界でも、その点に絶望感がありますね。

伊藤 戦後というものですよね。

麻生 ええ。産経新聞的な言い方(笑い)をすれば、“アメリカ占領軍が実質的に作った憲法”の「諸国民の公正と信義に信頼して、われらの生存と安全を保持しようと決意した」という建前論がはびこってしまった。特に戦後数十年の日本は、左派の人たちが主導した「建前」の世界がいつの間にか主流となり、「現実」を覆い尽くしてしまったのではないでしょうか。

 そんななかでも、世論は少しずつでも変化してきています。しかし、それは日本人が自らそうしたのではなく、北朝鮮工作船事件、テポドンの日本列島横断など、緊迫化する安全保障環境によってです。

伊藤 自衛隊を辞めてミンダナオ島に行き、一番ショッキングだったのは、現地の若者にこう言われたことです。まだ二十歳そこそこの、普通の奴です。「私の部族は過去3回、他の部族に占領された歴史がある。命を投げ捨てて戦って、敗れたら恥を忍んで潜伏し、奪い返してきた。奪い返したあとは、すべてを元に戻してきた。あなたの国はなぜ、戻さないのか? たった1回負けただけでくよくよして、本気でそこに住む気のない遠くの島の人間が作った掟なんか大事にして、馬鹿じゃないの」。彼らは、日本がアメリカから押しつけられた憲法をいまだに戴いているということをよく知っているんですね。グウの音も出ませんでした。

 私は特殊部隊から艦艇乗務へと異動を命じられ、「これ以上自衛隊にいても日本を守れない」と考えて自衛隊を辞めました。海外に出て、特別警備隊勤務時代に築いた各国の関係機関とのパイプを保ち、貢献できたらいいと考えていました。しかし、実は俺の祖国には守るべきものがないんだと気付かされました。日本は本当の意味での戦後が始まっていないんですから。日本の安全保障の問題点はたくさんありますけれども、根底には遠くの島の他人が作った掟に従っているということがあります。そこを戻さない限りは、何も解決されないと思うんです。

麻生 伊藤さんのお話、生き様自体が日本の安全保障の問題点を浮き彫りにしています。日本で唯一の交戦に参加され、また特殊部隊にあって実戦に一番近かった方ですから、重みがあります。

 今度の映画『外事警察』もリアルさにこだわっていて、戦闘シーンのアドバイザーは伊藤さんに依頼したかったんですが、ロケ現場が韓国で、現地関係者の事情があった。次に私の原作が映画になるようなことがあれば、是非、お願いしたいです。

伊藤 ノンスタントでやりますよ(笑い)。

麻生 ありがとうございます。

 麻生幾氏(あそう・いく) 昭和35(1960)年、大阪府生まれ。軍事・インテリジェンスをテーマにした小説、ノンフィクションを多数発表。平成10年、北朝鮮の特殊部隊による日本侵攻を描いた初めての小説『宣戦布告』(講談社文庫)がベストセラーに。近著に、NHK土曜ドラマの原案となった『外事警察』(幻冬舎文庫)とその続篇『外事警察 CODE:ジャスミン』(NHK出版、映画『外事警察』原案)、東日本大震災での自衛隊、警察、消防の活躍を記録したいとう・すけやす『前へ』(新潮社)。

 伊藤祐靖氏(いとう・すけやす) 昭和39(1964)年生まれ、茨城県出身。日本体育大学卒業後、昭和62年に海上自衛隊入隊(2等海士)、39期幹部候補生、幹部任官後、防衛大学校指導官、護衛艦「たちかぜ」砲術長、「みょうこう」航海長などを歴任。海上自衛隊特別警備隊創設に関わり、42歳で退職(2佐)するまでの間、先任小隊長を務めた。退職後、各国の治安機関に訓練指導を行っている。チャンネル桜「防人の道」にゲストコメンテーターとして出演中。予備役ブルーリボンの会幹事長。同会ホームページでコラムを連載中。